県政NOW 「領土」~国が国であるための条件~
天正10年(1582年)6月2日早朝、京都本能寺に滞在中の織田信長を家臣明智光秀が突如謀反を起こして襲撃した事件、本能寺の変です。謀反の理由は多種多様あります。それはさておき信長が生前中に安土山に建立した「総見寺」では毎年6月2日に織田信長の法要が営まれます。県が進めている「まぼろしの安土城復元プロジェクト」の舞台です。まさに今幻であるローマ法王に送った屏風絵を探すため海外にも広く情報を求めています。また安土山の遺跡調査が行われ、一部の石垣なども再現されていますが、東近江市きぬがさ城東地域にある搦手門(からめてもん)などがまだ調査がされていません。新たな遺跡調査に着手するための委員会も設置され、今後の調査が期待されます。私が住まいする東近江市南須田町は、かつては「総見寺の領地」であり、法要ご案内にもご縁を感じています。よくよく考えてみると、戦国時代はまさに領土・領地の奪い合いであった時代です。しかも戦国時代から本気で中国・明や朝鮮を支配下に収めようとした人物がいました。豊臣秀吉です。文禄元年(1592)3月、秀吉による小西行長が率いる約16万の軍勢で朝鮮出兵が開始され、圧倒的な勝利を収めています。そして古文書等によればその夢は、さらに東アジア支配へと広がっていたようです。しかし秀吉の構想は、朝鮮民衆の抵抗により挫折し、慶長3年(1598)8月に秀吉が病によって没すると、日本軍は朝鮮と和睦し、一斉に兵を日本に引き揚げています。他国への侵攻というのは、そう簡単に成功しないということです。その領土問題は現代にあってもあちこちで続いており様々な問題が発生しています。その最たるものがロシアによるウクライナへの侵略です。侵略の要因は様々ありますがこれも領土問題。また日本の北方領土もそのロシアとの領土問題です。安倍政権時代から北方領土交渉を含む平和条約交渉についてロシアと協議が続いていましたが、このウクライナ侵略後は平和条約の交渉は困難な風向きになっています。滋賀県にも北方領土返還要求運動滋賀県民会議があり、国民として日本の領土を守る運動を行っています。北方四島は間違いなく日本の領土です。「領土」というのは国が国であるための条件です。どのような情勢になろうとも、日本の領土であることを言い続けなければなりません。
ロシアによるウクライナ侵略は対岸の火事ではありません。






