自治刻刻 一票の格差
昨年秋の衆院選での一票の格差について各地で判決が出されています。この一票の格差が憲法の保障する法の下の平等に反するから違憲であるという判断について、私はかねてよりこれでいいのだろうかという疑問を持ち続けています。
憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とあり、この条文の解釈をめぐり、長きにわたる論争が展開されてきたものです。普通にこの文章を読めば、一人に一票の選挙権が与えられておれば、平等は担保されており、ましてや戦前のように一定の納税者等にしか与えられていなかった選挙権が成年者による普通選挙として憲法15条によって保障されているのだから、これが法の下の平等そのものであると考えるのです。
ところが、昭和51年最高裁判決で、選挙権の平等は「投票価値の平等」も含むとの解釈に基づき衆議院議員の定数不均衡について違憲とされたのです。わが国が法治国家である以上、最高裁決定に従うのは当然との認識に立ちながらも、現下の実態をみると、東京一極集中のような極端な大都市への人口集中により国家の基軸が傾いているような状況を露呈し、極めてバランスの悪い国家を形成してしまっているのです。
国会議員は、外交・防衛のみならず、道路・河川や交通インフラ問題、農林漁業、環境問題等々選挙区の人口の多寡とは別の政策課題にも対峙しなければならず、選挙区の面積や道路延長、耕作地面積等の規模も一票の格差の判断基準の要素にすべきで、人口のみを格差の規準とする考え方にはどうしても合点がいかないのです。このままでは、人口減少社会対策に苦慮する地方自治体の声がますます国に届かなくなり、東京一極集中を助長し続けることとなることを懸念するものです。
10増10減案により、滋賀県の衆議院議員小選挙区の区割りが4区から3区に減る模様ですが、本当にこれでよいのかという声を上げていくべきではないでしょうか。






