国政刻刻 文化共生への道
「互いに欺かず争わず、真実を以て交わり候を誠信とは申し候」と外交について述べたのは長浜市高月町雨森出身と伝わる雨森芳洲である。外交の基本は相手の風俗や習慣を理解したうえで、お互いを尊重しあうことが肝要であると説いた雨森芳洲を中心に滋賀の先人たちの教えは、今でも県内に息づいている。
2019年12月の時点でブラジル・中国・ベトナム・韓国・フィリピンの順に、滋賀県内には3万2995人の外国人が暮らしている。これは滋賀県人口の2・32%が外国人人口であることを示しており、日本全体の外国人住民の割合2・25%(2020年1月1日総務省公表の住民基本台帳より)に比べると若干高い数字となっている。
私が知事の時にも各市町と連携を取りながら、医療・防災・福祉情報の多言語化を進め、外国人観光客や県内に住む外国人がより過ごしやすい環境づくりに取り組んできた。外国人の多い学校にはスペイン系などの語学に強い教員を、加配教員として配置をし、外国人児童生徒等の支援にも力を入れて来た。その背景には、雨森芳洲だけでなく、「青い目の近江商人」と称されたウィリアム・メレル・ヴォーリズなどを受け入れて来た、滋賀の多様性があったからこそと言っても過言ではない。
一方で今年の3月、アニメ文化や「おしん」を通じて日本に興味を持って来日したスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんは、憧れてきた日本で亡くなった。ビザが切れていたことを理由に名古屋入管へ収容された彼女は、自力で歩けない状態になっていたにも関わらず、亡くなる2日前に医師が出した処方箋による医療措置も十分受けられずに亡くなった。私が参画する参議院の法務委員会でも何度も議論されたが、なんとも痛ましい。
国際関係における文化の相互理解や、誠信の交わりを説いた雨森芳洲の「交隣提醒(こうりんていせい)」から250年以上経った今でも、外国人と日本人の間に大きな隔たりがあることを痛感させられた出来事に胸を締め付けられる思いだ。






