「ステージパパ、レオポルトの本音」 最初のウィーン旅行(9)
――1762年9月18日に最初のウィーン旅行に行かれていますが、行きはほとんど、ドナウ川の定期便を利用されていますね。そのルートをご説明願えますか。
レオポルト ザルツブルクの北北東の方向にあるパッサウまでは、ドナウ川の水運が使えませんので、そこまでは陸路で行き、そこからリンツを経由してウィーンに行きました。
――ご家族の他には同行された方はいらっしゃったのですか。
レオポルト 従僕のエストリンガーも連れて行きました。写譜の仕事もやってくれましたので大変助かりました。
また有難いことに、ザルツブルクの司教座聖堂参事会員のヘルベルシュタイン伯爵さまがリンツまで同行してくださり、私たちが当地で音楽会を開いている間に、先にウィーンへ行き、神童の到着を今か今かと待ちわびているお知り合いの方々に、到着予定を伝える「連絡係」のような仕事を引き受けてくださいました。お陰でウィーン到着後は、さっそく、貴顕の方々への訪問やら、そのお宅での演奏会やら、予定がびっしり組まれていて、目も回るような忙しさでした。
――そして10月13日にはいよいよシェーンブルン宮殿への伺候が実現しましたが、どんな感じだったのですか。
レオポルト 実は私は、緊張と興奮で、詳細をほとんど覚えていないのですが、女帝陛下をはじめ宮廷のみなさまは、この上ないほどの好意を示してくださり、我々一家をお迎えくださいました。こういう時は、子供は無邪気なもので、ヴォルフガングは緊張するどころか、いつもと変わらぬ人懐こさを発揮し、何と大胆にも、女帝陛下マリア・テレージアさまのお膝に飛び乗り、そのお首に抱きついたうえ、何度も何度もキスをしました。予想外の展開に、私は冷や汗を流していましたが、そんなご無礼をも女帝陛下はやさしくお許しくださり、私たちは夕方6時まで、ほとんど3時間もの間、身に余る歓待を受けることになりました。普段はそういう機会にはお姿をお示しにならないフランツ皇帝陛下も、別室からお出まし頂き、私をその別室に連れて行くと、皇女さまのヴァイオリン演奏をお聞かせくださったのです。息子は息子で、興奮のあまり、宮廷のピカピカの床に足を滑らせ、転んでしまい、別の皇女さまのマリー・アントワネットさまに助け起こされる始末でした。
――フランス革命の際に国王ルイ16世と共に断頭台でお亡くなりになった、後の王妃さまですね。
レオポルト そうです。まことにお気の毒なことで。もちろんその当時は、まさかそんなことになろうとは夢にも思いませんでした。
――ところで、息子さんの演奏は、どうだったのですか。
レオポルト 拍手喝采の大成功でした。演奏の際に、息子は生意気にも、宮廷所属の著名な音楽家ヴァーゲンザイルさんに譜めくりをお願いしたりしまして。こんな偉大な方をかしずかせるとは、私は、ほんとに心臓が止まりそうでした。
――でもお話を伺う限りは、微笑ましいエピソードですね。
モーツァルト・バー「キール」
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