「ステージパパ、レオポルトの本音」 レオポルトの涙の意味(8)
――ヴォルフガング坊やの神童ぶりを示すエピソードなどで、何か面白いものはありますか。
レオポルト そうですね。私には楽団のトランぺッターのシャハトナーという友人がいたのですが、ある時、勤めのあと、その友人と一緒に家に帰る機会があったんです。私たちは、ヴォルフガングがいつものように、何か紙に書きつけているので、今日はどんな遊びをしているのかと、ちょっと興味を持って覗き込みました。ヴォルフガングは夢中で音符を書きつけているので、私は、何を作っているのかと尋ねました。すると、ヴォルフガング坊やは、こちらを振り返ることなく、「クラヴィーアのための協奏曲だよ」と答えました。音符はなぐり書きで、紙一面のそこら中に、インクのシミがボタボタと付いています。息子は、ペンを上手にインク壺に浸すやり方を知りませんから、その都度、底まで、ペンを差し込むもんだから、ペンからインクがしたたり落ちて、シミになってしまうわけです。坊やはそんなことお構いなしで、音符を書きつける。音符が書き散らかされた、めちゃくちゃな模様の紙。私とシャハトナーは、顔を見合わせて笑いました。でも、その見にくい音符の跡をたどると、まあ何と、私が教えた通り、規則に従い、正確に音が配列されているわけです。私は、ほほ笑みながら、自然と涙が出てきました。驚きと喜びの涙です。
――なかなか感動的なエピソードですね。では、次に、この神童をどのように育てようとお考えになったのか、教えていただけますか。
レオポルト はい。私は、ともかく、この神童を、本当に立派な音楽家にすることが、神様から授かった神聖な義務だと思いました。この奇蹟(きせき)を私にお与え下さった神に感謝し、それに報いるためには、まず、この子に正当な音楽的体験を積ませることが大事だと思いました。そして、この目標を成し遂げるためには、ここザルツブルクに留まっていたのでは、駄目だ、もっと広い世界をこの子には見せる必要がある、そう考えたのです。しかも、旅をすれば、この子の才能が、広く知れ渡ることになり、大きな名声を築く可能性も出てくる。長旅になるかもしれないが、是非ともやらねばならぬことだと、思えてきました。幸い、ザルツブルクの大司教さまが、私を大変寛大に処遇してくださり、私は、職を辞することなく、旅に出る許可を頂くことができました。あとは、旅の計画とその資金をどう工面するかという問題が残っていました。そこで、まずは近場のミュンヘンに二人の子供を連れて、予行演習的な旅を計画しました。マクシミリアン侯を前にしての御前演奏も大成功でした。わずか3週間の旅です。息子はまだ6歳になっていませんでした。それでちょっと自信ができたので、もう少し遠いウィーンへ今度は妻を入れて4人で行きました。一家4人での大移動です。一家を引き連れての旅ですから、ミュンヘンへの旅とは異なり、危険度は、桁違いに増します。移動距離が大きくなると、旅の日数がかかります。失敗したら、財産を失うどころか、借金を抱えてしまうことにもなりかねません。私は、絶対に、借金はしたくなかったのです。
――当時の旅は、危険と隣り合わせでしたから、その苦労のほどが分かります。次回は、ウィーンの旅の様子を聞かせてもらえますか。よろしくお願いいたします。
モーツァルト・バー「キール」
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