「ステージパパ、レオポルトの本音」 ナンネルの楽譜帳(7)
――息子さんの音楽の才能に気づかれたのは、どういうきっかけですか。
レオポルト ヴォルフガングには4歳半年上の姉、ナンネルがいましたが、彼女が7歳になったころ、ピアノに興味を示すので、私は仕事の合間に、ピアノを教え始めたわけです。私もその頃には「宮廷室内作曲家」という称号を貰っていましたので、教材として販売されているものではなく、自分で作曲したものを含め、テキストを編集して、娘に与えました。今、それは「ナンネルの音楽帳」として残っています。この練習帳には、メヌエットなどたくさんの小曲を書き込み、娘の上達に合わせて、いろいろ変化を付けたものにしようと思っていたのですが、ナンネルの技術の習得も予想以上に速く、私は驚きとともに、仕事の片手間、教える楽しさを味わいながら、音楽帳を書き進めたわけです。その時には、息子のことはまったく念頭になく、まだ3歳ですからしばらくは放っておこうと思っていたのですが、ある日、ヴォルフガングが一人、ピアノの椅子にちょこんと座って、和音を弾いているのです。ドとミのような3度の関係にある和音を、延々飽きもせず、探し続けているわけです。普通小さい子は、最初は、ちょっと興味を示しても、すぐに飽きて、他のことをします。ところがヴォルフガングは、和音の微妙な調和に、うっとりしているようでした。この子は、ピアノが好きなんだと思いました。それでお姉ちゃんと一緒に教えだすと、メヌエットなど半時間もしないうちに、ミスなく弾くわけです。この子は、ピアノの才能があると、直感的に思いました。
――「ナンネルの音楽帳」の冒頭の8曲のメヌエットの終わりには、「これら8曲のメヌエットを、ヴォルフガンゲル、4歳の時に学ぶ」とお父様の手で直に書き込まれていますが、どんな心境だったのですか。
レオポルト 実は、息子の才能は、親バカな話ですが、天賦のものだという感じがしてきまして、この才能を開花させずに終わってしまったら、神様に申し訳にという気持ちになりました。それで、息子の音楽的成果を何とか記録に残しておく必要があると思ったわけです。それまでは自分の職務は他の何より大事と思ってきたのですが、その大事に思ってきた自分の職務はさておき、息子の才能を生かすために何をすべきかを考え、それを実践することの方が自分の本当にやるべきことだと自然に思えてきたから不思議です。さらに私を驚かせたのは、演奏技術の素速い向上だけでなく、息子は5歳になると、自分で最初の作曲を始めたのですが、それが幼児の手遊びではなく、それなりの様式感を持ったものだったのです。まだ、自分の作曲を楽譜に書き留める技術はなかったので、私が代筆しましたが、それが、今息子の作品番号1番、『ピアノのためのアンダンテ』(K1a)として残っています。そんなこんなで、私は自分の残りの人生を息子の教育に捧げようと思いました。
――今のお話、お父様の興奮がよーく伝わってきます。では、次回は、お父様の息子さんへの教育方針について、お話いただけますか。どうぞよろしくお願いいたします。
モーツァルト・バー「キール」
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