「ステージパパ、レオポルトの本音」息子の誕生(1)
――1756年1月27日、息子モーツァルトさんが生まれました。この将来の偉大な音楽家の誕生を、父親としては、どうご覧になっていたのですか。
レオポルト 正直、自分の子供が後世こんなに名声を博する偉大な作曲家になるとは、当時まったく想像もできないことでした。新生児の死亡率が高かった時代で、長男も次男も生まれて一年たらずで死んでしまったので、三番目の男の子は何とか生きながらえてくれないか、そればかり願っていましたよ。妻の産後の肥立ちが悪く、それもまた、心配の種でした。当面は、妻の回復のためにできることはなんでもしました。それに当時私は、ヴァイオリンの教則本を出版中で、宮廷の仕事もあり、結構多忙でしたから、妻が落ち着くまでは、ほんと、大変でした。無事、本の出版も終わり、妻も元通りの生活が始められるようになったので、ようやく、ヴォルフガングのことについて、落ち着いて考えることができるようになりました。
――はやくも息子さんの教育についてですか?
レオポルト いや、まだ教育というところまでは行きませんが、漠然と、この子には、この世で大いに成功して、親の分まで、幸せになってほしいと、強く思いましたね。
――失礼ながら、ご自身は、自分の人生に満足なさってないのですか。
レオポルト 実は私には、強いコンプレックスがあるのです。ご存じないかもしれませんが、私は、ザルツブルクの大学を放校処分になった苦い経験があります。生まれ故郷のアウルブルクの秀才として、故郷の期待を一身に背負いザルツブルクに乗り込んだものの、それを見事裏切ったという思い出したくない過去があるのです。音楽に熱中するあまり、学業を疎かにしてしまったのです。母親はもともと大学進学には反対していたので、ほんと、合わす顔もありませんでした。故郷には帰るに帰れない。この学業での失敗は、私の青春時代の蹉跌となって、心の深くにおりのように残っています。
――では、次回は、その失敗体験のお話をしていただきますね。どうぞよろしくお願いいたします。





