関西人になったモーツァルト えーか、みんな、あいつにこれから、注目しときや(45)
1787年の5月の父レオポルトの死は、モーツァルトの人生でも特筆すべき出来事ではあったが、この年はまた、彼とベートーヴェンがほんの束の間の出会いをした、後世から見ると誠に驚くべき「巨匠の二人の出会い」が実現した年でもあった。この事実は、オットー・ヤーンという伝記作家が、『モーツァルト伝』で伝えているもので、それによると、モーツァルトより14歳年下のベートーヴェンは当時17歳、音楽の勉強のため訪れたウィーンで、知人からモーツァルトを紹介され、モーツァルトに促されて、用意してきた曲を何か、モーツァルトの前で弾いたそうである。ところがモーツァルトはそれが暗記で覚えた披露用の曲と思って、形ばかりの杓子定規な褒め方をした。それに敏感に気付いたベートーヴェンは、即興用の主題を一つ出してくれるようにモーツァルトにお願いし、出された主題で、興に乗った時には彼がいつもするような、熱のこもった演奏をした。何より自分が尊敬してやまない先輩の前で演奏できる喜びに、おのずから、演奏は熱いものになったのである。この若者の熱演に大いに興味を触発させられたモーツァルトは、控えの間に居る友人たちに、「えーか、みんな、あいつにこれから、注目しときや。あいつは、これからそのうち絶対に、世間をあっといわせるで」と興奮気味に語ったという。だが、二人の交流は、この一回きりであった。ウィーンに到着後すぐに、母親が病床についたとの連絡を受け、心配になったベートーヴェンが急遽、ボンへ取って返したからである。もし彼が、モーツァルトの弟子になり、直接音楽の指導を受けていたら、いったいベートーヴェンは、どんな音楽家になっていたであろうか。興味の尽きない想像である。






