国政刻刻 観光立国から観光大国へ
普段何気なく使っている「観光」という言葉であるが、よくよく考えてみると、なぜ、旅に出て観るという行為に「光を観る」という語句が当てられたのか。「旅行」は実に分かりやすい、要するに旅に行くのである。調べてみると、儒教の五経の一つ『易経』(えききょう)の「国の光を観る、用して王に賓たるに利(よろ)し」から引用され、平たく言えば「外に出ていろいろ経験すれば、有用な人になれるでしょう」との意らしい。語源はともかく、政府においても国交省の中に観光庁があります。前置きはさておき、東京への往復に京都駅を利用することが頻繁になったが、つくづく外国人観光客は本当に多くなったと実感している。日本政府観光局によると昨年2018年の訪日外国人旅行者数は3,119万人、2013年が1,036万人で、実にこの5年で3倍に達したことになる。国別では、中国、韓国、台湾、香港で全体の7割強。この事実は膨大な人口を抱えるアジア諸国の所得が向上し、海外旅行可能な世帯層が増加しつつある証左であり、まだまだ伸び代がある。因みに、政府目標は2020年までに4,000万人、2030年までに6,000万人。今日、外交分野では、島嶼(とうしょ)問題、貿易摩擦、戦後処理問題等様々な軋轢(あつれき)が報じられているが、少なくとも客観的には民間観光ベースでは拡大傾向が続いていることになる。出入国手続きは簡素化され、e-ticketの普及により航空券の入手が簡便に、搭乗手続きも早く済むようになった。しばしば指摘されているように、キャッシュレス制度の普及や案内表示、宿泊施設不足など、まだまだ解決しなければならない問題も山積している。しかし、日本に旅行に行くのではなく、観光に行く、つまり「日本の光を観に行く」と考えれば、奥は深い。ここに、わが国が旅行ではなく「観光」という言葉を使用している真の意味があるのではないか。国も地方も観光立国から観光大国への覚悟が問われている。






