自治刻刻 ニイタカヤマノボレ一二〇八
昭和16年11月、日本海軍連合艦隊は、千島列島(ちしまれっとう)の択捉島単冠湾(えとろふとうひとかっぷわん)に集結。北太平洋をハワイめざし出港しました。そして、日米交渉が決裂、「ニイタカヤマ ノボレ 一二〇八(ひとふたまるはち)」の暗号電文。ニイタカヤマは当時日本が植民地としていた台湾の新高山(にいたかやま)。電文の意味は、ハワイのアメリカ軍基地を攻撃すること。
12月8日未明、空母6隻からゼロ戦、99式艦爆、97式艦攻三百数十機が出撃しハワイ上空へ。午前八時前、攻撃隊は暗号電文「トラトラトラ」を発信、「ワレ奇襲ニ成功セリ」。真珠湾に停泊中のアメリカ戦艦などを撃沈するなど甚大な被害を与えました。しかし、アメリカへの宣戦布告は攻撃後であり「リメンバー、パールハーバー」(騙し撃ち、真珠湾を忘れるな)がアメリカの世論に。半年後の六月ミッドウェー海戦では真珠湾攻撃に参加した空母四隻が撃沈されるなど日本軍は大敗、その後、戦線は泥沼化してゆきました。
ところで、連合艦隊が終結した択捉島は、北方領土の一つで国後島(くなしりとう)、色丹島(しこたんとう)、歯舞群島(はぼまいぐんとう)を含め南千島(みなみちしま)。その北にロシアが領有していたカムチャッカ半島までつづく北千島(きたちしま)があり、明治7年の樺太(からふと)・千島(ちしま)交換条約によって、日本が樺太の領有権を放棄し、北千島が日本領に、千島列島全体が平和的に日本領土になりました。その後、明治38年日露戦争の講和条約で南樺太が日本領に。第2次世界大戦の戦後処理の基本は領土不拡大であり、日本が戦争等で領土とした満州(まんしゅう)、朝鮮半島(ちょうせんはんとう)、台湾(たいわん)、南樺太が「返還」されるのは当然ですが、千島列島をロシアが占有していることは「領土不拡大」の原則に反するものです。
今、日露会談によって北方二島(色丹、歯舞)を先行「返還」し日露平和条約の締結が言われていますが、全千島の返還こそ道理です。
今年は、明治維新150年。その前半日本は戦争に明け暮れましたが後半は憲法のもとで平和を築いてきました。あらゆる外交において日本は平和国家として国際社会で信頼される地位を築くことこそ大切だと思います。






