県政NOW 領土問題から~五個荘が生んだ近江商人の家訓~
現在、我が国の領土問題は、尖閣諸島、竹島そして北方領土の大きく3つがあります。
すべて、歴史的に見ても、国際法上からも我が国固有の領土であることは明白です。その中で北方領土返還国民運動に滋賀県は積極的に参加しています。先月36回目となる視察団に参加し、根室市での元島民の方や北海道庁議会北方領土対策特別委員会の皆さんと意見交換をさせていただきました。その報告はまたの機会として、なぜ滋賀県が北方領土返還に熱心な県か。一つには1798年(寛政10年)に荒波を越えて択捉島に上陸し「大日本恵登呂府」の標柱を建て、日本の領土であることを明らかにしたのが、高島市にお墓のある近藤重蔵だから。もう一つは近江商人との関わりからです。1610年(慶長15年)北海道の松前との交易に始まり、その後北海道全域に商業活動を展開した近江商人は、1804年~1817年(文化年間)に、国後島にまで進出しました。漁場の組織的な開発や漁法の改良、産業の育成振興に大きな貢献をしたとされています。その近江商人と言えば「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」ですが、この「三方よし」の経営理念が確認できる最古の史料は、神崎郡石場寺村(現在の東近江市五個荘石馬寺町)の中村治兵衛が書き残した家訓だそうです。天秤棒を担ぎ他国で近江の名産品を売り歩き、商売が成功するとその地域の人の声に耳を傾ける。今度はその地域の住民が必要な商品を全国から仕入れて喜んでもらう。そのことでその地域が良くなる。これを実践したのが近江商人です。他国に出向くということから、儲けるだけでなくその地域の人のことを心から想い、地域に貢献することに至ったと言われています。他国で商いをすることは許されても、他国を自分の土地だと占領することは絶対に許されません。他国に出向いて商売をする。そしてお客様に喜んでもらう。さらに地域発展のための貢献をする。理不尽な北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島)をはじめとする領土問題に触れて、あらためて近江商人の精神に誇りを感じました。領土問題は国の管轄とは言え、これまでに滋賀県議会でも多くの意見書を提出し、また決議を行っています。引き続き国民の一人として領土返還を訴えていきたいと思います。






