衆議院議員 武藤 貴也
3月5日、選挙権年齢を18歳まで引き下げる法律案(「公職選挙法の一部を改正する法律案」)が衆議院に提出され、審議に入った。来年の参議院選挙までに間に合わせるため、今国会で成立させる予定だ。
確かに子どもの権利を拡大しようという世界的な潮流の中で、日本も選挙権を引き下げようとする意見が多く出されるようになってきた時代背景は分かる。また少子高齢化時代にあって、若者の政治参加の幅を広げ、将来の日本を創る自覚を持ってもらおうとする意見も理解できる。しかし本当に今のまま選挙権年齢を引き下げて良いのか、疑問が残る。それは権利の話だけが先行し、義務と責任の議論がなおざりにされているからだ。
今年2月、神奈川県川崎市で中学1年生の上村遼太君(13)が殺害されるという本当に痛ましい事件があった。上村君を裸にして冬の冷たい多摩川を泳がせた後カッターナイフで首や体中を切りつけ、殺人を犯した主犯格は18歳の少年だった。報道各社は犯人が18歳という未成年であることから、少年法の趣旨を尊重し、実名を伏せ、もちろん顔写真など本人が特定されるような情報は全く報じなかった。
選挙権年齢だけが18歳へ引き下げられる一方で、少年法は18歳を未成年の少年として保護する仕組みになっている。加えて、成人年齢、飲酒年齢、タバコの喫煙年齢、年金加入年齢などは全く議論されていない。つまり、選挙権という権利だけが拡大される一方で、義務や責任を求めるような議論はなおざりにされている。これで本当に良いのだろうか。
確かに、大人と子どもの境目の議論は難しい。子どもの成長には著しく個人差があると言えるだけでなく、そもそも成人していても知識や教養が大人としては不十分だということもあり得るからだ。従って、成人年齢や選挙権年齢などを何歳に定めるかは、決め手となる根拠の無い難しい問題だ。
しかし確実に言えることは、権利の拡大は義務や責任の拡大と表裏一体でなければならないということである。それは子どもに責任感と社会常識を身に着けさせ健全に成長させるためだけでなく、社会全体の秩序を維持するために必要不可欠である。少年法などで保護される少年が、一方で選挙権等の権利だけを得ることについて、私は決して良いことだとは思わない。
選挙権年齢を18歳に引き下げるのであれば、まさに日本の未来を決める政治に参画する責任を負うのであるから、同時に大人としての義務や責任を課す議論もすべきだと考える。






