衆議院議員 武藤 貴也
「日本人にとってコメは特別な存在」
日本人にとって「コメ」というのは特別な存在だ。もちろんコメを作るための田畑が、環境保全や景観保全などといった多面的機能と呼ばれる役割があることもコメを特別たらしめる所以だ。しかし、それよりも日本の国柄が、コメ自体とともに形成されてきた歴史だと言っても過言ではないからだ。天皇の最も重要な祭祀も、日本中の神社の中心的な役割も、まさに「五穀豊穣」への祈りであることからもそれは言える。
つまり、日本の国からコメ農家、田んぼが消えると、当然「五穀豊穣」を祈る神社仏閣、そしてお祭りも意味をなさなくなる。豊作を祈るための儀式や祭りはこれまで、地域の絆、連帯感を育み、日本人特有の融和性を育ててきた。農耕民族が狩猟民族よりも温和だといわれる所以がそこにはある。
それだけではない。「五穀豊穣」を祈る神社は、どの地域にも存在し、その神社を中心にどの集落も、どの町も形成されてきた。日本の村も都市も、コメと神社なしでは形成しえなかった。どんなに小さな集落にも神社があるのはそのためである。
だからこそ私は、農業の衰退、破壊は、まさに日本の伝統文化の衰退、破壊に他ならないと感じるのだ。
「誰にとっての岩盤規制か」
JAの存在は「岩盤規制」だと言う人がいるが、それでは一体それは誰にとっての「岩盤規制」かという問いに誰も答えない。私は、それはアメリカやその利害関係者達にとっての「岩盤規制」なのではないかと思う。TPP参加へ最も強く反対運動を繰り広げたのは、まぎれもなくJA中央会であった。確かに、アメリカが金融商品を日本全国に向けて売り出そうとすれば、まぎれもなくJAは「岩盤規制」である。郵便局が今、全国のネットワークをフル活用しアメリカのアフラックという会社の金融商品を売り出しているように、アメリカは今度はJAの全国組織を利用するか潰すかして、地方の金融分野まで参入したいと考えていることは容易に想像できる。
果たして日本人はこのことに抵抗しないで良いのだろうか。今アメリカが海外で行っている金融分野への参入は、かつて先進国が植民地に行っていた「搾取」の現代版のように感じる。日本人は日本人の手によって、自由に経済活動をすべきであり、我々の財産を独占的に吸い上げられるようなことはあってはならないのではないか。そうしたことを踏まえて、一体誰にとっての「岩盤規制」なのか、立ち止まってゆっくり考えてみる必要があろう。
「美辞麗句ではなく、皆で知恵を絞ることが大事」
自民党は選挙の際、農林水産業の所得倍増を掲げた。10年間で第一次産業従事者の所得を、2倍にするという。しかしそれはあくまでも目標であって、実際これをやれば所得が2倍になると断言できる具体的な施策は今のところ無い。
しかしそうはいっても農業を維持するために、知恵を絞らなければならない。販売に力を入れるよう政策誘導する6次産業化、450万トンの需要が見込める飼料用米への転換、輸出も順調に伸びている日本酒や米粉に加工して需要を見出すこと、これらは確かに可能性のあるアイデアであると思う。効果も期待できる。しかし問題は、私たち政治家が農家の人とともに問題意識を共有し、ともに知恵を絞ることを怠っていることだと私は思う。
美辞麗句ではなく、今おかれた農業の深刻な状況を、農家だけでなく国民全体で共有し、ともに農業の未来と国の在り方を考えることこそ今最も必要なことだと思う。






