近江八幡市長 冨士谷 英正
昨今の世相を見るにつけ、授かった尊い命を軽々しく、又、粗末にするような事件が全国各地で起こっています。そこには種々余程の事情があるとは思いますが、ここで一度立ち止まって、「命」「生」について考えてみたく思います。
「自治刻々」欄にはいささかふさわしくないかもしれませんが、先般のマスコミ報道に接し、思いつくままに筆を取りました。ご批判も頂戴したく思います。
昭和60年8月12日午後6時12分 羽田発大阪行123便 日航ジャンボ機が航空管制塔のレーダーから機影を消失した直後、群馬県下の御巣鷹(おすたか)山に激突炎上。
早いもので、今年であの日航機墜落事故から29年目の夏を迎えました。毎夏を迎えるごとに思い出す事故であります。亡くなられた方のご冥福をあらためて念じたく存じます。
乗員乗客524名の生命は絶望的と報道される中にあって、4名が奇跡の生還を遂げられました。その中の一人、乗客であった川上慶子さんが自衛隊のヘリによって助け出されたシーンは誰もが胸熱く見守っておられたのではないかと思います。
救助に携わった自衛隊員は「私が助けたのではない。彼女が生きようとしたのだ。」と語られました。彼女は、当初は事故の記憶を引きずり、何をするにも無気力な時期もあったようですが、学校のボランティアグループで、老人ホームや病院に行き、お年寄りの世話をすることを通して死に向かって生きる人間の素晴らしさを見出し、生きる活力を得られたといいます。
いつ終わってもおかしくない命、何もお年寄りに限ったことではありません。自分もまた、全ての人間が同じ命を生きています。
私たちは生活の中で「死」を連想させる様な事柄を忌み嫌います。忌(い)み嫌(きら)うが故に、いつも死に脅かされているような「生」を生きているのではないでしょうか。その証拠に「どうしたら長生きできるか。」「どうしたらボケないか。」…そんな話題ばかりで、老醜を笑っては、自分は老けないつもり、死なないつもりでいるのではないでしょうか。
「死」とは「生」を脅かすものではなく、「生」を問い返す原動力。いま自分はどんな命を生きているのか、どんな命を生きようとしているのか。
「死」という事実に目を閉じると「生」は見えません。
彼女は今、41歳を迎えたといいます。今もなお「死」と「生」の真理に向かって力強く生きておられることだろうと思います。






