滋賀県議会議員 山田 実
この記事が掲載される予定日は7月13日(日)の滋賀県知事選挙投票日です。
今回の滋賀県知事選挙は、滋賀県のリーダーを選ぶ選挙というだけでなく、私たち滋賀県民の「自治の力」が試されている選挙だといえます。
この滋賀県知事選挙の大きな争点は、「自分たちの地域のことを自分たちが決める政治を選択するか、国の決めた方針に地方は従うという政治を選択するか」ということです。
7月3日の滋賀報知新聞「ローカル・ボイス」に投稿された国会議員の武藤貴也氏の「地域主権という病理」と題する記事を見てちょっと驚きました。
この投稿の中で武藤氏は「主権」について書いておられます。
武藤氏はその投稿で、『そもそも「主権」とは、統治の独立性・最高性を示す「国家」の権利であり、歴史的に「国家主権」という言葉でしか使われない。あくまでも「主権」というのは「国家」に帰属するものである。』と述べ、そのことから『「地域の発展は国の発展から」という意識を持ち(中略)政治を進める、そうした首長が今の日本には必要。』と主張されています。
どうやら武藤氏は、「主権」という意味を混乱されているようです。
「主権」という言葉にはいくつかの使われ方があります。そのひとつが「日本国としての独立性を表すもの」としての主権です。これは「国家の主権」という言い方をされます。武藤氏はこの「主権」がすべてだと思っておられるようです。
しかしこの「国家の主権」とは他国に対してのものであって、一般にいう「主権」とは日本国憲法前文に掲げられている「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」という「国民主権」「主権在民」のことをいいます。
そしてこの国民主権の原則が「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民が享受する」という原理になります。
国政にせよ地方政治にせよ、「主権」の主体は国民(私たち有権者)なのです。
今日投票日である滋賀県知事選挙は「主権は私たちにある」ということを示す場です。
棄権することなく、投票で自らの意思を示すことが、(後悔しない)私たちによる自治の政治をつくることにほかなりません。






