滋賀県議会議員 井阪 尚司
先日、日本創成会議(人口減少問題検討分科会)から、2040年には全国市区町村の半数がなくなるかもしれないという目を疑うデータが公表されました。日本は、人口減少社会に突入し、人口の過疎と集中が一層進んで過疎自治体の運営が困難になると危惧されています。滋賀県は数少ない人口増加県ですが、県南部以外は人口が減少していくとの予測ですので他人事ではありません。
さて、大正から昭和の頃、農村の危機に対して村の存続をかけて立ち上がった地域がありました。旧甲南町の宮村地区です。三重県境にある5か村からなる1000人程の農村で、「精神美(真善美)」をバックボーンにして住民自治、産業振興、社会教育を中心に地域づくりが進められました。一人ひとりの道徳的修養と科学的・職業的研究による実践により、やがて宮村地域は自力更正による農村復興の模範村として内外に広く知れ渡り、地域づくりを学ぼうと全国から視察者が訪れたと伝えられています。『滋賀の宮村』(昭和9年)から、当時の住民の故郷への誇りと村づくりへの高い志しを伺い知ることが出来ます。
宮村の地域づくりの考えは、経済と道徳の融合を説いた二宮尊徳の考えにも通じます。尊徳は、人が物資的にも精神的にも豊かに暮らすには、良い心(至誠)を持って働き(勤労)、贅沢を慎み(分度)、その結果得た余剰は譲る(推譲)ことで実現出来るとし、正義が通用する支持的風土の場を創ることが地域を豊かにすると説きました。また、J・ラスキンは、地域固有の人・場が持つ文化資本を地域づくりに活かすことで豊かな地域を創造できるとし、そのためには人々の物欲から心の糧への転換が重要であると指摘しています。
多くの県・市町には、目指す地域の姿を合い言葉にした憲章があり、豊かな自然の保全や産業振興とともに住民の“心合わせ”が謳われています。宮村の地域再生の実践は、過疎化傾向にある地域でも住民が心を一つにすれば自ら拓く力を発揮できることを示唆しています。今、住民による地域資源の“あるもの探し”に加え、行政には地域づくりのプロデューサーの役割が求められているのです。






