滋賀県議会議員 木沢 成人
約10年前、鹿児島県南九州市にある「知覧特攻平和会館」を訪問した時の事です。特攻隊として、南方の海に散っていった多くの若者の遺書が展示されている陳列棚を前に、娘と思しき方に車椅子を押された白髪のご老人が、頬を伝う大粒の涙と共に、嗚咽をもらしながら、何かを語りかけておられました。あの光景は今でも私の脳裏に焼き付いています。
その知覧から出撃する特攻隊の中継基地となったのが、旧陸軍八日市飛行場です。皆様がお住まいの、この東近江市はそんな歴史を背負ってもいるのです。
八日市飛行場一帯は、終戦直前の7月下旬に、太平洋上に展開する米空母ベローウッドの艦載機による空襲を受け、多くの被害を受けました。来襲した米軍のF6F戦闘機のうち、迎撃に当った日本軍機と交戦した一機は旧東押立村に墜落、別の一機は旧平田村の羽田地区に墜落しております。
私も幼少の頃、祖父から、この羽田に墜落した一機の話をよく聞かされました。「ちょうど雪野山の麓に煙を吐きながらグラマンが落ちていったんや」と。
こうした戦争の記憶を生で伝承されているのも、ぎりぎり私の世代くらいなのかもしれません。
戦後68年が経過し、当時の体験・記憶を持っておられる方が少なくなる一方で、その記憶・記録を後世にしっかり伝えていくのも公としての大きな役割だと私は考えます。
昨年春、市内愛東地区に開館した「滋賀県平和祈念館」は、この8月7日で、来館者5万人を突破致しました。同館では、戦争に関する多くの収蔵品を展示すると共に、様々な企画展示や平和学習のプログラムを、ボランティアの皆様のご協力も得ながら展開しているところです。
今年は猛暑ですが、同じように暑かった68年前の夏、この東近江の「空」も「大地」も「戦場」であった事を忘れない為にも、皆様、ぜひ一度、足を運んでみてください。






