全国から1、222人エントリー
◇東近江
来年一月一日、布引グリーンスタジアムを発着点に行われる「東近江元旦健康マラソン大会」が第五十回の節目を迎える。
市教委が十一月二十一日に参加申込みを締め切り集計したところ、男子九二九人、女子二九三人の計一、二二二人がエントリーした。昨年の一、二三六人の過去最多に次いで二番目の出場者数となっている。
遠くは秋田、福岡から
最高齢は市内の78歳女性
うち、市内からの出場者は四九九人、東近江市を除く県内からは五〇四人、県外からは二一九人。全国からは、大阪三五人、三重三一人、京都三〇人など二十九都府県にわたり、遠くは福岡や秋田からの出場がある。最高年齢は、ジョギングコースに参加する七八歳女性、男性は同じく七七歳でともに市内からの参加。
種目別では、一部の一般男子四〇歳以上十キロが最多の二七三人、次いで一般男子五キロ(高校生含む)の一六五人、一般男子三九歳以下十キロの一五七人の順となっている。
午前八時四十分からの開会式のあと、午前九時四十五分、西澤久夫東近江市長の号砲で五キロコースの種目からスタートする。
市教委では五十回目の記念すべき大会になることから開会式でこれまでの大会運営に尽力した功労者に感謝状を贈るほか、十九日から布引グリーンスタジアムで第一回からの大会を振り返る回顧展を開いている。
スタジアムの玄関ホールにこれまでの大会の記録写真や新聞、招待選手のサイン、プログラム、トロフィーなどを展示している。
◆50年の歩み
元旦健康マラソンは昭和三十八年、当時の八日市市陸上競技協会・谷宇一郎理事長の呼びかけで「谷杯争奪元旦マラソン」としてスタート。太郎坊ドライブウェイから瓦屋寺を経由するアップダウンのコースに二十二人が健脚を競い、のちに県議や市議を務めた小林優さんが初優勝した。
十二回大会からは同協会・市・市教委が共催する大会になり、翌年「元旦マラソン」に改称。メキシコとミュンヘン五輪の日本代表・沢木啓祐選手を招待選手に招き、二一九人が出場する大きな大会に発展した。
第十九回からは日本陸連からの指導を受けて「八日市市元旦健康マラソン」に改称するとともに沖野周辺を周回するコースに変更、関係者のPR努力もあり出場者が全国から集まり増えていった。
第三十一回からは、発着点を旧八日市市立中央公民館前から布引運動公園体育館前に移動、翌年からは八日市体育協会の主催に組織拡大し、参加者も千人を超える正月の一大スポーツイベントに成長した。
タイムを競うだけでなく多くの人に走ることの楽しさを伝え、健康増進に繋がる大きな役割を果たしてきた。







