あす 展示説明会&講演会
◇東近江・日野町
日野町立図書館展示コーナーで、武将と能とのかかわりをひも解く特別展「忠三舞う!~武士たちの能舞台~」が開かれている。開催期間は二十七日まで。入場無料。
特別展の焦点は、織豊(しょくほう)期。鎌倉時代後期に生まれた謡(音楽)と舞踊が一体となった歌舞劇“能”は、武将たちが武芸の修練を積みながら、茶の湯や和歌などと同じように文化人の教養として身に付けた。こういった趣味・教養は、交流の手段や儀式の権威づけとしても用いられた。
鑑賞するだけのものから嗜(たしな)むものへと変遷。中でも、豊臣秀吉は、「唐入(朝鮮出兵)」のため名護屋城(佐賀県唐津市)に在城していた文禄二年(一五九三年)以降、五十七歳から五十日で十演目を覚えきるほど熱中した。
全国から百六十の大名が参集し、七年間にわたり駐屯した名護屋城は能舞台が設えられた城郭で、十六歳の若さで六千人の兵を率いて参陣した堀秀治陣跡からも能舞台遺構が見つかっている。
文禄二年十月、秀吉は、御所で「禁中能」を開催。素人同然の武将約五十人が演者を務め、能を披露するという前代未聞の舞台に、文武両道に優れた名将・蒲生氏郷も出演した。
氏郷(忠三郎とは元服後の名)は、一日目の取りを務める予定だったが降雨と日没のため中止となり、二日目の四番手として登場し、世阿弥の作品「鵜飼」のシテ(主役)を演じた。
当時能の第一人者だった近衛家十七代当主・近衛信尹が、氏郷の演技を見て「見事也(みごとなり)」と賞賛する記録も残されている。公家たちの面前で教養レベルを誇示した武将の中でも、氏郷の教養の高さが際立っていたことがうかがえる。
展示コーナーには、御所での禁中能の様子と考えられる屏風「観能図屏風」(神戸市立博物館蔵)や肥前名護屋城復元模型、氏郷の出演が記されている「駒井日記」と「文禄二年十月五日禁中三日猿楽御覧記」の原本などの写真パネルのほか、能舞台遺構の位置を示す日本地図や能舞台遺構が残る城(名護屋城、棚底城、彦根城、江戸城、真壁城など)に関するパネル約五十点が並ぶ。
また、関連企画として、二十日午後一時から展示説明会「武士たちの能舞台」(解説=日野町教育委員会生涯学習課・振角卓哉主査)、午後二時四十分から講演会「蒲生氏郷最後の戦場 肥前名護屋城の魅力」(講師=城郭遺産による街づくり協議会・中井均理事長)が、同図書館視聴覚室で催される。定員は先着六十人。
参加希望者は、同図書館(53―1644)まで申し込む。







