木地師文化フォーラム 約130人が理解深める
【東近江】 木地師文化フォーラムが15日、木地師やまの子の家(東近江市蛭谷町)で開かれ、関係者や一般の約130人が参加し、木地師が明治以降の近代産業の発展で果たした役割に理解を深めた。
立命館大学・食マネジメント学部の木村裕樹准教授が「ろくろ技術の拡大と近代産業の発展」をテーマに講演。この中で木地師がろくろ技術を生かし、紡績機械の部品である糸を巻き取る紡績用木管の製作を担い殖産興業に貢献した歴史を紹介し、「日本の産業革命を下支えしたことをもう少し強調してもよい」とした。
「ろくろを使って製作する加工品であれば、何でも仕事になる時代」とする明治~大正期、木地師が手がける製品は紡績用木管のほか、補聴器などの医療器具や万年筆、玩具、洋傘の持ち手など多岐にわたった。
需要拡大に伴い東京のろくろ工は増加し、政府の統計によると、明治時代初期に東京で6~7軒だったのが、同45年には400軒以上に増え、職工を含むと1200人に急増した。
木地師発祥の小椋谷(奥永源寺地域)にある蛭谷の筒井神社、君ヶ畑の金龍寺には全国から業者による寄進や奉納が盛んに行われ、例えば大正3年(1914)に筒井神社に奉納された額の願主9人のうち8人が紡績用木管の製造者で、これらの動きから「(木地師の)聖地をつくり上げた印象がある」と述べた。
1階ロビーでは、市内在住の木地師による作品や、金属挽物や万年筆などの製造業者が参拝に訪れた様子や当時の生活風景を伝える古い写真、万年筆を製作する足踏みろくろの展示が行われ、来館者が興味深そうに見学していた。






