【東近江】 東近江市は、近畿地方の自治体で最大の耕地面積、同9位の農業産出額を誇る農業地域だが、近年は担い手不足や高齢化などの課題に直面し、農業経営の岐路に立っている。今後も持続可能な営農を実現するには何が必要なのか。東近江市長の小椋正清氏とJAグリーン近江代表理事組合長の大林茂松氏、生産者の田中久景氏(たなかふぁ~む代表)、石井食品代表取締役社長の石井智康氏に、現状と課題、展望を語ってもらった。敬称略。

「地方の豊かな基盤づくりは農業から」東近江市長 小椋正清氏(おぐら・まさきよ)滋賀県永源寺町(現東近江市)生まれ、73歳。長浜警察署長、県防災危機管理監、県理事員を経て、2013年に東近江市長に当選し、現在3期目。現滋賀県市長会会長も務める。
担い手不足
――東近江地域の農業の現状と課題は。
大林 東近江市を含む東近江地域をほぼカバーするJAグリーン近江管内の集落営農法人は135あり、正組合員に対する集落営農法人構成員の割合は全国1位と自負している。集落営農が担う耕作地は4500~5千ヘクタールで、全体の4割を占め、なくてはならない存在だ。しかし、人口減少とコメの消費減で、以前とは状況がだいぶん変わってきた。
コメの消費が落ち込んで米価が低迷すると、米作中心の集落営農では経営が立ち行かなくなる。後継者についても、定年後に集落営農に参画する人が多かったが、定年が65~70歳へと延長され、そこから新しいことにチャレンジしようとする人はいなくなった。
だから、コメに代わる作物と後継者問題を解決しないと、今後の集落営農は成り立たないだろう。

「高収益作物の振興支援で営農持続」JAグリーン近江代表理事組合長 大林茂松氏(おおばやし・しげまつ) 滋賀県安土町(現近江八幡市)生まれ、70歳。農業機械メーカーから1981年老蘇農協に就職。2022年にJAグリーン近江代表理事組合長に就任。
――米価が低迷する中、JAグリーン近江は「もうかる農業」の実現のため、高収益野菜の栽培を推進しているが。
大林 2004年の政府のコメ政策の転換により、広い水田を生かして収益性の高い野菜をつくっていこうと機運が盛り上がってきた。
ただ、米作についてはベテランだが、野菜づくりの経験がほぼない農家が多いので、栽培のリスクを心配される。そこをJAが支援事業でバックアップしている。
まず、野菜づくりで必要なのは機械なので、定植や収穫の機械導入を助成したり、機械のレンタルを行っている。技術的にも不慣れなので、肥料、農薬、生産資材の購入を支援する。
それとコメと違って難しいのは、毎日の病気の管理で、技術と知識を身に付けてもらうため、JAと県普及員が巡回している。
販売では、JAグリーン近江や全農のルート、あるいは東近江あぐりステーションを通じた販売など、いくつかのチャンネルで出口(販売)対策している。

「企業のアプローチで“地域の旬”提供」石井食品代表取締役社長 石井智康氏(いしい・ともやす) 千葉県船橋市生まれ、43歳。ITエンジニアなどを経て、2017年に祖父の創立した石井食品株式会社に参画、18年に代表取締役社長執行役員に就任。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進める。
――東近江市でも農家の経営安定と地元農産物の地域内中規模流通をめざして、農家から農産物を買い上げ、販売と販路拡大を担う地域商社「株式会社東近江あぐりステーション」を運営している。立ち上げのいきさつと目指すものは。
小椋 市長に就任して久しぶりに東近江市に帰ってきて感じたのは、どこのスーパーに行っても、県外産の野菜が多い、という素朴な疑問。さらに、農業の振興は重要な政策課題なのに担い手の高齢化が進んでおり、先行きに不安を感じた。
将来を担う若い人たちに農業に目を向けてもらうには、きちんと生活できるための安定した収入が必要だ。そのため農家には生産に専念してもらえるよう、販売を担う地域商社をつくった。
地場野菜が店頭に並ぶのに2つの意味がある。1つは県外の野菜を運んでいては、災害時に供給できなくなる。地域の農産物が市民に安定的に供給される仕組みは、危機管理上で極めて重要だ。2つめは、近い産地から野菜を運べば、運転手不足の解消につながる。
――あぐりステーションの現状と課題は。
小椋 販路は、加工業務用販売では全国チェーンの飲食店や大手漬物製造業など、生鮮販売ではショッピングセンター内のインショップ(常設コーナー)に力を入れている。市内の学校給食でも将来的には地元の野菜を使うよう働きかけたい。
課題については、季節ものならではの難しさがある。飲食チェーンは安定供給を求めるので、今の季節だったらキャベツは品薄で供給できない。年間を通じて安定供給するには、産地化に向けた取り組みが必要である。

「農業経営安定で憧れの職業に」たなかふぁ~む代表 田中久景氏(たなか・ひさよし)滋賀県五個荘町生まれ(現東近江市)、45歳。社会人を経て、2011年に農園を開業。「もっと楽しく、美味しく」をモットーに、約3万平方メートルでキャベツ、菊などを栽培・出荷。石井食品にキャベツを出荷。
高収益作物への転換
――野菜づくりは農業経営を安定させる方法の一つといえる。田中さんは、どんな経緯で就農したのか。
田中 農業をはじめて12年たつ。家は兼業農家で、自宅で食べる分だけのコメを父親が作って、余った分を農協に出荷してという小規模でしていた。
私は会社勤めをしていたが、自分の好きなことを仕事として生活ができるようにしたいという思いで夢を見て就農した。
当初は父親がコメを、私がその裏作でキャベツやブロッコリーをつくっていた。はじめはうまくいかず、農協にはずいぶんバックアップしてもらった。今でも失敗するが、「来年はこうしたらどうか」と、試行錯誤が続くのが魅力と感じている。
――やがて地元産の野菜をアピールする方法を考えるようになったとか。
田中 それまで気付かなかったが、直売所に出荷するようになり、「地元にもこんなにすばらしい野菜がたくさんあるんだ」と知った。
消費者がもっと地元の農産物に目を向けるようなアクションは起こせないか、見つけてくれたらきっと満足してくれるのに、と。
石井 (地産地消の)みなさんと目指すところは一緒。我々はメーカーなので、異なるアプローチができる。
過去の反省として、我々は大量生産販売のビジネスを戦後してきた。これはこれで重要だが、行き過ぎたゆえに、他県の野菜が身近にあり、逆に地場産が身近じゃない状況になってしまった。
キャベツに旬があることすら、消費者には伝わっていない。すべての季節で食べられることが本来の旬と矛盾する。自然なものとしてはすごくいびつなんです。
そこで今、石井食品が掲げるのは、「日本一生産者と地域に貢献する食品会社」。農家と共同開発することで、今までとは違うおいしいものができた。
企業と産地の連携
――そもそも「地域と旬」のプロジェクトとは。
石井 よい生産者とお付き合いさせていただき、食材を最大限に生かす調理を目指す方向性。関東の産地でタマネギのブランド化の相談を受けたのがきっかけ。そこで素材を生かしたハンバーグをつくってみると従来とは違う魅力ができたので、2017年、生産者と共同開発する方向に舵(かじ)を切った。
ただ、流通業界で期間限定販売は問題で、当初は関係者から厳しい目で見られた。だが、実際に販売してみると、旬のおいしさに魅力を感じてもらい、信頼を得ることができた。
現在、「地域と旬」シリーズは全国約30地域と取り組んでおり、秋は栗ごはんの素で3地域、春は筍ごはんの素で3地域の商品を取り扱っている。
――石井食品と東近江キャベツの田中さんの共同開発のきっかけは。
石井 当時冬の食材を探していた。千葉県では冬の大根をつかったハンバーグができたが、関西地区でも何かないかと探していた。そのなかでJAグリーン近江から田中さんを紹介してもらい、出会ってから意気投合してトントン拍子という風に話が進んだ。
食材のおいしさを一番知っているのは生産者。50回近くの試食には田中さんやJAの担当者も入ってもらい、意見をたくさんもらえた。
――ところで東近江キャベツの特徴は。
田中 東近江の冬は程よく雪が積もり、気温が下がる。キャベツは寒さに耐えようと糖をためて甘くなる。だから寒さの厳しい2月のキャベツはすごく甘い。
その甘さをうまく生かした製品にしてもらえたのが、石井食品さんのハンバーグ。この地域のキャベツはとにかくおいしい。
―そんな2021年から始まった東近江キャベツをつかったハンバーグのプロジェクトの現状は。
石井 昨年の実績で10万食を超えており、まだまだ伸びるとみている。東近江のキャベツの特性を理解してもらって、毎年冬楽しみにしてくれる人をどのくらい増やせるか。ぜひ、東近江キャベツのファンづくりのきっかけにしたい。
――従来はなかった東近江市産の野菜が目に見える形の商品。産地のブランド化のチャンスですね。
大林 生産者とメーカーが連携して商品開発して、こういった販売は、私が知る限りでは初めて。JAも関わらせてもらい光栄と思っている。
自分が育ってきた空気、土、水で栽培された産物はおいしく感じる。地元の産物を加工して、食べやすい形で提供してもらう企業と生産者のマッチングは、地産地消にあっている。
東近江市×JA×農業者×石井食品
未来につなぐ豊かな「農」
――それぞれの立場から今後の展望を。
大林 同JA管内では来年度から東近江地区で大規模な国営の土地改良事業が本格化する。最終的には受益面積約681ヘクタールのうち、高収益作物を211ヘクタール作付けする壮大な計画だ。
コメに代わる高収益作物の生産を増やすことで、農家の経営を向上させ、ひいては後継者を確保できる好循環をつくりたい。JAとしては、価格転嫁を含めて農家をサポートし、販売までの体制を整えたい。
田中 まずは経営をしっかりして、安定した生活を送れるようにする。それによって若者に農業の魅力を少しでも感じてもらうのが、自分の役目でもある。
今の子どもは農業に接する機会が少なく、職業の選択肢から農業がなくなっている。地元の食材を通じて農業を身近に感じてもらい、農業を「憧れの職業」にしたい。
石井 東近江キャベツを使ったハンバーグができて3年経ったが、認知度はまだ低い。味には自信をもっているので、まずは食べてみて、おいしさを感じてほしい。
そこに付加価値を感じてもらい、値段に納得してもらえればビジネスは成り立つし、さらに東近江市のキャベツへの親しみを持ってほしい。
このほかの食材についても、地域との縁を深めながら、商品化などを通じて地域貢献を模索したい。
――小椋市長には締めくくりに、農業分野における企業連携の取り組みへの期待を。
小椋 東京一極集中により地方の過疎化が進む中、我々ローカルがこの地でしっかり生活でき、しかも楽しく豊かな人生を送れる基盤をつくらないといけない。農業がその最たるものだ。特に若者に関心を持ってもらえるきっかけをあらゆる場面でつくりたい。これは行政の仕事だと思う。
野菜が食卓にならぶ過程では、必ず企業が介在しているが、そこの連携がシステマティックに伝わってこなかった。それを石井食品さんが初めてやってくれたと思っている。
持続可能な地域農業を実現するには、生産コストの増加分について「適切な価格転嫁」がどうしても必要だ。いいものをつくれば消費者の理解を得られ、持続性にもつながる。
石井食品さんのクオリティのさらなる向上と、東近江の農業のサステナビリティに期待しています。
(司会・文責・高山周治、写真・古澤和也、記録・矢尻佳澄)










