中央政界特報

■平成29年11月2日(木) 第5331号

「政治特報」

 衆院選は自民党の圧勝。というより、小泉進次郎氏の圧勝だった。爆発的な行動力と人気で、いっきに総理大臣への階段を駆け上りだした。

 小泉氏は走った、走った。日本列島を北から南まで駆け巡った。
 20都道府県、60カ所余を。
 12日間の選挙戦期間中の応援移動距離は1万5000キロを超えている。
 36歳という若さでも、とてつもないハードスケジュール。
 移動距離は安倍晋三首相の1万3000キロを上回った。
 小泉氏の行くところ、有権者が黒山のように。
 「ステキ―」をはじめ「結婚して」の絶叫まで。そんな中に「総理大臣!」の声も。
 応援演説にかけつけた候補者は52人。
 それも当選3回生以下の若手候補者ばかり。
 小泉氏の応援はまさに「神がかり」で応援した候補者の96パーセントが当選している。
 小泉氏が自分の選挙区横須賀に入ったのは1度だけ。時間にして1時間。
 それでも自身の選挙も圧勝。開票と同時に4選目を決めている。
 際立ったのは演説のうまさ。
 ジョークをまじえ、それでいて核心をついた演説で票を引っ張りこんでいる。
 解散直後の自民党内は不安に満ちていた。
 希望の党によって、「議席は50から70議席は減るのでは」(永田町筋)とまで言われていた。
 強気の安倍首相も、元気がなく、落ち込んでいた。
 「これはまずいと思ったですね。この沈滞ムードを変えなくてはと思ったです」
 希望の党、小池百合子代表の「排除」の致命的な発言があったが、風向きを変えたのは小泉氏。
 初当選以来、党内の出世街道を突っ走ってきているが、今度の選挙でさらに地歩を固めた。
 小泉氏自身、その目は「明日」に向けられている。
 「政治家としての自分の方向性を決める選挙だった」
 ここに熱い胸の内があらわれている。
 トランプ大統領、プーチン大統領の名前を出し「もっと力をつけなくては」と。
 加えて「2020年からの10年間が大事」とも。
 視線の先にあるのは総理大臣の椅子。
 「応援演説をしたのが3回生以下。政権の座を手にするときの実働隊になるのは間違いない」(永田町筋)
 G7をみても、フランス大統領、カナダ首相は40歳そこそこ。
 オーストリアには30歳を過ぎたばかりの首相が誕生している。
 36歳の小泉氏は「適齢期」ともいえる。

「戦いすんで」

 戦いすんで日が暮れて。天下分け目の決戦は自民党の圧勝で終わった。
 かすかに野党から聞こえるときの声は立憲民主党からだけ。
 78人が出陣し、55人が勝利。
 ひきかえ、矢つき刀折れた武者が続出したのは希望の党。235人が出陣し、凱旋したのは50人だけ。
 決選の結果が判明した日、総大将の小池百合子代表はパリに。
 戦いの前は「ジャンヌダルク」とまでいわれていたが、敗戦が決まるやフランスのメディアからは「逃亡中の女王のよう」と揶揄されている。
 332人が出陣し284人が勝利した自民党。国会議事堂に隣接する自民党本部は高揚し、熱気に包まれている。
 安倍晋三首相は「同じ総裁のもとで3回続けて勝利を得たのは立党以来の歴史で初めて」と勝利宣言を。
 戦いが終わった翌日から永田町界隈はあわただしい動きに。
 国会議事堂裏にある衆院議員会館前には、引越し業者のトラックの列。
 落選議員は3日以内に議員事務所を衆院事務局に返還しなくてはならない。
 廊下には運びだされる書類、ポスターの山。
 赤坂の衆院議員宿舎でも引っ越し業者が激しく出入り。
 新しく当選した議員がすでに、入居を待っている。
 今回の選挙で勝利した新人議員は56人。最多は立憲民主党で23人。
 なにかと問題を起こし「魔の2回生」といわれていた自民党の当選2回生議員だが、8割を超える87人が議員バッヂを確保している。

「体力勝負」

 選挙はまさに体力勝負だ。
 12日間の選挙戦期間中、各党党首は日本列島を北から南まで駆け抜けていた。
 今回は天気が悪く、投票日には中心気圧925ヘクトパスカル、中心付近の最大風速50メートルという「超大型」台風21号が列島を直撃する始末。
 12日の間、雨の日が多かった。
 激しい雨が降る中、各党首は走った。走りまくった。
 走行距離が一番長かったのは公明党山口那津男代表で1万500キロ余り。
 2番目は立憲民主党枝野幸男代表で1万3500キロ余。3番目は自民党安倍晋三総裁で1万3000キロ余。
 希望の党小池百合子代表は東京都知事の公務もあり、8500キロ余。
 ちなみに自民党の「顔」として小泉進次郎氏は、36歳という若さにものをいわせ1万5000キロ以上を踏破している。
 最後の「お願い」の舞台は、安倍首相は秋葉原。約1万人の聴衆がつめかけている。
 小池代表は銀座4丁目をまわったあとホームグラウンドの池袋駅前。その足で羽田からパリへ。
 立憲民主党枝野代表は新宿駅南口で。ここには6000人余の聴衆が。
 各党首の年齢は安倍首相は63歳、山口代表は65歳、小池代表は65歳、枝野代表は53歳、共産党志位和夫委員長は63歳、維新の会松井一郎代表は53歳、社民党吉田忠智党首は61歳、日本のこころ中野正志代表は69歳。
 安倍首相は「潰瘍性大腸炎」の持病などもはや完全に吹き飛んでいた。

「おもてなし」

 11月5日に来日し、2泊3日の予定で滞在の米トランプ大統領。
 スケジュールの中で注目されるのは5日のゴルフと、その夜の歓迎夕食会。
 大統領として初めての来日。
 日米政府関係者は「首脳間の信頼をより高めることになる」の考え。
 大統領を迎えての「おもてなし」といえば中曽根康弘元首相。
 1983年11月11日に、初来日したレーガン大統領夫妻を、自らの東京都西多摩郡の別荘「日の出山荘」で「おもてなし」をしている。
 この別荘は中曽根元首相の自慢のもので、わらぶき農家を改造した「青雲堂」の居間のいろりでお点前のサービスを。
 レーガン大統領は「ほら貝」を吹いたり、すっかりリラックス。
 「ロン・ヤス」と呼ばれる親しい関係を世界にアピールした。
 安倍晋三首相が大統領を迎えての「おもてなし」は2度目になる。
 前回は14年4月にオバマ大統領がミシェル夫人と来日したとき。
 羽田空港に降り立った23日に、東京・銀座のすし店「すきやばし次郎」で。
 ミシュランで連続3星に輝いている「すきやばし次郎」のメニューはおまかせコースのみ。
 安倍首相は首相の地元、山口県の日本酒「獺祭」をお酌。オバマ大統領はトロ、こはだなどを完食。
 「おいしかった」の感想を。
 トランプ大統領を迎えての「おもてなし」のゴルフは埼玉県川越市の「霞ヶ関カンツリークラブ」で。このゴルフにはプロゴルファー松山英樹選手が同伴。

「小池劇場」

 希望の党小池百合子代表の顔には、疲労の色がありあり。
 16年に都知事選で大勝利、今年春の都議会選で圧勝したときとは雲泥の違いだ。
 あのときは、それこそ光り輝き、「オーラ」の固まりだった。
 希望の党が惨敗したとき、小池代表はパリに。現地のメディアに「逃亡中の女王のよう」とまで。
 「おごりがあったのは確かです」
 自らの失点を口にしている。「排除」のひとことで、風向きはガラッと変わってしまった。
 まさに逆風。失速だ。希望の党は「絶望の党」とまで揶揄されてしまうことに。
 「私の言葉で、不快な思いをされた人たちには申し訳なく思っています」
 希望の党を立ち上げたときは、それこそ強気一方だった。
 それが1カ月もしないでここまで憔悴してしまうことになるとは。
 選挙期間中、代表として全国を8000キロ以上移動している。
 希望の党の政策のなかに「満員電車をゼロにする」「花粉症をゼロにする」があるが、これは自民党小泉進次郎氏にバッサリと切られている。
 「世界をみていない」。
 小池氏はゲン担ぎを大事にしている。
 「政権を奪回するまでは切らない」と髪をロングにしていたが、自民党が政権を奪い返すと短髪に。
 都知事選、都議会選で勝利したときは「本当に勝利してから」と好きな酒を飲まないでいた。
 だが、衆院選の敗北で、このさき酒を飲む日はいつになるか。その日はくるか。

「17回目の勝利」

 衆院選で17回目の当選を果たした自由党小沢一郎共同代表。
 今回、立候補したのは1180人。
 議員バッヂを手にしたのは465人。その中の一人に。
 それも立候補者の中で最多となる17選をやってのけた。
 競争率にして3倍までにはいかないが、当選することは大変なこと。
 かつての小沢氏なら、まったく問題なく楽々当選に。
 自民党時代は幹事長として政権政党を動かした。自民党を離れてからも新党をつぎつぎに旗揚げし、民主党には政権を。
 選挙に動じることは一度もなかった。
 だが、いまは立ち位置が以前とは違う。
 自由党は弱小政党。今回の選挙では自由党公認候補はなく、自らも無所属での出馬。
 こんな選挙は小沢氏にとっては初めてのことだ。
 選挙前、小沢氏には厳しい声ばかり。
 「まったく先が読めない」
 地元岩手県奥州市でもそんな見方がされていた。
 「オリーブの木でいかなくては自民党には勝てない」と最後まで主張していた野党連合はならないままに選挙戦に。
 小沢氏自身の集票力も、年々カゲリがでてきている。09年の選挙では13万票余を超える票を獲得していたのに、12年は7万8000票余、14年は7万5000票余にまで減っている。
 小沢氏は囲碁を得意としている。その腕前は国会議員の中に「敵なし」といわれる強さ。
 「攻め」の囲碁で、つねに先々を読んでいる。今回の選挙は先が読めない中での苦しい戦いだった。

「ドジョウの意地」

 無所属で出馬し当選をものにした野田佳彦前首相。
 それは「男の意地」の当選だ。
 野田氏は千葉県立船橋高校時代、柔道部に籍を置き、その実力は2段。
 得意技は寝技。相手を倒して、そのまま「一本」にもっていく。
 趣味はプロレス。故ジャンボ鶴田さんの大ファンで、プロレスの話になるとひざを乗り出してくる。
 自らを「ドスンパンチ」といい、「パンチ力には自信があるよ」と。
 その一方で「ドジョウ」に自分を置き換えていた。
 「みかけはよくないが、味は最高」
 ドジョウの話も、止まらなくなってしまう。
 好物はもちろんドジョウで、首相時代には「ドジョウせんべい」まで売り出されていた。
 衆院選。野田氏はこれまで味わったことのない屈辱を受けている。
 希望の党から排除された。
 当初、「希望の党から出ることになるだろう」と語っていたが、先に民進党から離党し、希望の党の発起人の列にはいっていた細野豪志氏から「三権の長を経験された方はご遠慮していただきたい」と。
 細野氏は野田政権のとき、環境相をまかせている。
 これに「ドジョウ」は怒った。
 男の意地を爆発させた。
「股はくぐらない」と。
 「股くぐり」は「屈辱」という意味。
 初当選のときから立ちつづけているJR船橋駅頭での辻立ちが、大きくものをいった。
 開票と同時に「当確」を得る強さだった。