中央政界特報

■平成29年10月26日(木) 第5330号

「政治特報」

 戦いすんで日が暮れて。政治の舞台は永田町に。国会での首班指名選挙で首相が決まる。歴代首相を最も多く輩出しているのは長州の山口県。

 初代伊藤博文首相(明治18年12月成立)にはじまって、安倍晋三首相まで。
 伊藤首相は4度、桂太郎首相は3度も。
 出身県で一番多いのは山口県。
 伊藤博文、山縣有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三氏が長州人だ。
 「政権を取るなら山口から」といった感じ。
 追っているのが東京。近衛文麿、東条英樹、東久邇稔彦、鳩山一郎、石橋湛山、鳩山由紀夫、菅直人氏ら。
 あとに続いているのが原敬、斉藤実、竹内光政、鈴木善幸氏の岩手県。
 群馬県も福田赳夫、中曽根康弘、福田康夫、小渕恵三氏が。
 そして鹿児島県が黒田清隆、松方正義、山本権兵衛氏。
 石川県も頑張っている。林銑十郎、阿部信行、森喜朗氏。
 広島県は加藤友三郎、池田勇人、宮沢喜一氏。
 岡山県は犬飼毅、平沼麒一郎、橋本龍太郎氏。
 2人、1人は多くの県で。
 これまで、まだ総理大臣が出ていないのは青森県、秋田県、茨城県、埼玉県、山梨県、奈良県、宮崎県、沖縄県など20県以上。
 首相としての最長は佐藤栄作首相で2798日。ついで吉田茂首相の2616日。
 総理大臣の椅子に座ったが、短命で終わった首相も多い。
 最も短命だったのは東久邇稔彦首相で54日。羽田孜首相は64日、石橋湛山首相は65日、宇野宗佑首相は69日。
 日本国を引っ張るトップリーダーとしての責任は重い。
 小泉純一郎元首相は在任中、こんなことを言っていた。
 「毎日毎日が仕事一筋。比叡山の千日回峰行という荒行。そのような修行のつもりで務めてますよ」
 首相の毎日はそれはハードだ。

「政治の街はいまや昔」

 議席獲得で激しい火花が全国で。
 政治の舞台といえば東京都港区赤坂。
 国会議事堂、首相官邸に近く、国会議員が必ず足を踏み入れる町。
 だが、いまや赤坂は政治の舞台ではなくなっている。
 地下鉄赤坂、溜池山王駅から徒歩3分のところに、衆院議員会館があるが、それでも政治の舞台ではなくなっている。
 選挙期間中は、議員会館の灯りも消えてしまった。
 選挙結果によって、入れ替わりが。
 いま赤坂はビジネスマンの表舞台。
 町を行くのは世界を股にかけるグローバルなビジネスマン。外国人ビジネスマンの多いこと。
 かつて、昭和の時代、夜が更けてくると赤坂には黒塗りの乗用車が。
 黒塀の料亭街で日本の政治は動いた。
 「赤坂の料亭に出入りできるようになったら、国会議員としても一流」とまで言われていた。
 だが、いまや有名料亭はつぎつぎに姿を消してしまっている。
 相続問題などで、維持していくことが困難になってのクローズ。
 国会議員による会合も、料亭からホテルに。
 夜の赤坂もビジネスマン、キャリアウーマンが中心。
 TBSテレビの社屋を中心に、しゃれた飲食店がズラリ。
 それも世界的な有名店が。
 ビジネスマン、キャリアウーマン達の話が弾んでいる。
 議員会館周辺はひっそりだ。外国語が飛び交う赤坂ではほとんど目立つことはない。これがいまの赤坂の町だ。

「翼を休めていた専用機」

 選挙期間中、久しぶりにゆっくりと翼を休めた政府専用機。
 「ジャンボ」と呼ばれているボーイング747型機。
 国連総会から安倍晋三首相が帰国した9月22日以降、北海道・千歳航空自衛隊基地に。
 航空自衛隊特別航空輸送隊が管理し、パイロットも客室乗務員も全員、航空自衛隊員。世界を飛び回っているときは60余人が登場している。
 選挙が終わると同時にまた専用機の出番になる。
 かつての首相は海外に出るのはまれで、ほとんどが首相官邸の総理大臣室に。
 だが、いまや世界の「中心」になっており、首相が海外に出る日数は多い。
 政府専用機が導入されたのは1993年。
 ちなみに747の大きさは全長70・7メートル、全幅64・9メートル、全高19・06メートル。
 米大統領専用機「エアフォースワン」にならったもので、ハイテク機器が搭載されており「空飛ぶ首相官邸」とも呼ばれている。
 副大統領が来日したときは「エアーフォースツウ」だった。
 2年後の2019年に専用機は新しくなる。
 新しい専用機はボーイング777―300ER。
 「機動的に」と中型機の導入も検討されたが、最終的に大型機に。
 垂直翼の日の丸は変わらずだが、機体側面の赤いラインは現在の直線から波のような曲線に。
 いま整備を請け負っているのは日本航空だが、新型機からは全日空に委託。
 選挙終了を待ち、専用機はいつでもスタンバイOKの状態だ。

「人気度はアップするか」

 衆院選挙への立候補者は1180人。
 その内訳は自民党332人、共産党243人、希望の党235人、立憲民主党78人、公明党53人、維新の会52人、社民党21人、日本のこころ2人、諸派91人、無所属73人。
 この中から465人が菊花11弁の衆院議員のバッヂを胸に。
 その昔、子供が、将来の目標を語るとき必ず政治家がランクインされていた。
 「末は博士か大臣か」と。
 近年、子供たちによる「就きたい仕事」ランキングで国会議員はベストテンから外れている。
 子供たちに人気があるのは男の子はスポーツ選手、女の子は教員。
 ベストテンをみてみると男の子は研究者、医師、女の子は保育士、パティシェなどが。
 以前はベストドレッサー賞などにも国会議員が選ばれていたことがあった。
 小泉純一郎元首相にいたってはカナダのカナナスキスでのサミット(主要先進国首脳会議)のとき「頭のテッペンから靴の先まで見事」とベストドレッサーぶりを地元紙に書かれていた。
 今回の衆院選。これまでになく話題の多い選挙に。
 当選の465人は総務省で当選証書を授与され、国会開会の日に議員バッジをつけてもらい、赤いじゅうたんを踏みしめる。
 話題が多かった選挙戦だけに、当選議員の注目度はこれまでよりもはるかに高い。
 子供たちによるランキングで「人気の仕事」の上位に出てくるようになるか。

「世の中、動いている」

 衆院選挙一色から、舞台は永田町に。
 選挙期間中も世の中は動いていた。
 内閣府が10月10日に発表した調査によると街中の景況感は改善されてきている。
 この街中の調査はタクシー運転手、商店主など景気の風や動きを直接感じている職業の人からの調査。
 国民が感じている状況がストレートに判断され結果に出てくる。 
 日本銀行が景気動向をまとめたリポートでも、景気判断は改善されている。
 海外向けの輸出が伸び、訪日外国人による高額消費が増大していることが改善に寄与。
 2012年12月から始まった景気拡大は今年9月で、「いざなぎ景気」を超えた。
 その一方で倒産企業が増加しているのも事実。
 動いているのは人口も。日本人の寿命はますます延びている。
 厚生労働省の7月の発表によると、16年の日本人の平均寿命は女性が87・14歳。男性が80・98歳。男女とも過去最高を更新だ。
 だが、子供が少なくなっていっている。
 今年5月の「子どもの日」の段階での総務省発表によると、子どもの数は1571万人。
 これは前年よりも17万人も減ってしまっており、1950年以降で最低の人数。
 36年連続で子どもは減っていっている。
 選挙では「消費税」「原発」「憲法」が論戦の中心だった。
 465人の衆院議員。これから取り組んでいかなくてはならない問題は多い。

「首相官邸」

 選挙戦の結果、引き続き首相官邸の主の安倍晋三首相。
 自民党総裁としての任期は来年9月まで。
 政権の座に復帰してからすでに4年10カ月になっており、来年の総裁選までとなると5年9カ月。
 現在の首相官邸になったのは2002年。
 旧官邸は1929年に建てられ、歴史の舞台に。
 建て替えられたのは老朽化が著しくなったため。
 新官邸は地上5階、地下1階。敷地は4万6000平方メートル、延べ床面積は約2500平方メートル。旧官邸の2・5倍の広さになっている。
 地下1階は危機管理センター。
 3階から上が執務室。首相執務室、官房長官室は5階に。
 新官邸の首相執務室に最初に入ったのは小泉純一郎元首相。
 閣議が開かれる閣議室は4階に。
 旧官邸では首相執務室の並びにあった。
 広さは110平方メートル。
 直径5・2メートルの木製の丸いテーブルがあり、そこに首相と閣僚が。
 官邸にあわせ、首相の住まいとなる公邸も建て替えられている。
 旧公邸には「幽霊が出る」といった都市伝説まで。
 住人になった歴代首相がそのことを言っている。
 羽田孜元首相は「毎日、塩をまいた」と語っていた。
 五・一五事件、二・二六事件の舞台になったことが都市伝説に。
 新公邸はすべてが一新され、小泉元首相は「住みやすい」と。
 だが、安倍首相はまだ引っ越してきていない。今度こそ越してくるか。

「副総裁続投か」

 谷垣禎一氏、亀井静香氏、平沼赳夫氏、そして高村正彦氏と、ベテラン議員が衆院選に出馬せずに引退していっている。
 警備会社のオーナー兼会長の亀井氏は「政治をまったくやめたわけではない。まだやる」と議員バッヂがなくても永田町への影響力を行使する考え。
 だが、実際には亀井氏も谷垣氏も平沼氏も永田町から卒業だ。
 そんな中にあって、高村氏は違う。
 ひきつづいて永田町のど真ん中の座は変わりなしで。
 衆院選には出馬しなかったが、安倍晋三首相が完全引退を認めていない。
 議員バッヂはないが、自民党副総裁を引き続き引き受けてもらう考えを明らかにしている。
 国会議員でなくても、党副総裁は務められる。
 12年12月26日に政権の座に復活してすぐに安倍首相は高村氏を副総裁に。
 以来、ずっと高村氏を「右腕」として頼りにしている。
 8月の人事でも再任。党内からも「異論」は出ていない。
 高村氏は安倍首相と同じ山口県。長州人だ。
 副総裁として安倍首相を支えてきている。
 集団的自衛権の行使を認める憲法解釈変更、安全保障制のとりまとめ。
 これらは高村氏によって行われている。
 安倍首相が目指しているのは憲法改正。衆院選挙でも「公約」に打ち出しており、強い意欲を。
 高村氏の手腕を頼りにしている。
 憲法にたずさわることは高村氏も約束している。
 「バッヂを外しても力になる」と。