中央政界特報

■平成29年10月5日(木) 第5327号

「政治特報」

 解散に踏み切った安倍晋三首相。自ら「国難突破解散」と命名。勝敗ラインを過半数の233議席に。達しなければ「辞任する」とも。

 現憲法下での最初の解散は1949年1月23日の吉田茂首相による「なれ合い解散」。
 その後、首相の専権事項とされる解散は鳩山一郎首相、岸信介首相、池田勇人首相、佐藤栄作首相、大平正芳首相、中曽根康弘首相、海部俊樹首相、宮沢喜一首相、橋本龍太郎首相、森喜朗首相、小泉純一郎首相、麻生太郎首相、野田佳彦首相ら、歴代首相によって行われている。
 「伝家の宝刀」を抜いたわけだが、吉田首相は3度。池田首相、佐藤首相、大平首相、中曽根首相、小泉首相は2度、解散している。
 通称にもユニークなものが多い。
 吉田首相による53年4月19日の解散は「バカヤロー解散」。
 55年2月27日の鳩山首相による解散は「天の声解散」。中曽根首相による86年7月6日の解散は「死んだふり解散」。00年6月25日の森首相の解散は「神の国解散」。
 「天の声」があったり、「神の国」と神様までひっぱりだされたり。
 今回の解散だが「大義がない」と野党からの声に対し、安倍首相は自ら「国難突破解散」と。
 「国難」の理由として「急速に進む少子高齢化」「北朝鮮からの脅威」をあげている。
 安倍首相が自民党総裁として先頭に立って行う衆院選挙は今回で2度目になる。
 1度目は旧民主党野田首相による解散選挙で12年12月。
 結果は大勝だった。294議席を獲得し民主党から政権を奪い返した。民主党は57議席確保がやっとという惨敗に。
 2度目は14年12月14日。これは安倍首相が「伝家の宝刀」を抜いての解散総選挙。
 このとき、GDP(国内総生産)は2四半期連続のマイナス。
 「アベノミクスの失敗」の集中砲火を浴び「信を問う解散」に。
 支持率も低迷しており、背水の陣を敷いての解散だった。
 だが、結果は小選挙区で223議席、比例区で68議席の計291議席を獲得して「勝利宣言」を。
 民主党は解散時の勢力62議席から11議席増やしたのが精一杯だった。
 ここから安倍首相の「1強」、自民党の「1強」が。
 今回の選挙の勝敗ラインを安倍首相は「過半数の233議席」と。
 さらに「衆院選挙は政権を決める選挙。過半数が取れなかったら下野しなければならない。私自身は辞任する」とまで言い切っている。
 臨時国会冒頭解散は過去、3度あり、いずれも自民党が勝利している。

「中曽根ブランド」

 日本の政界の名門といえば安倍晋三首相の岸信介元首相一族、麻生太郎副総理兼財務相の吉田茂元首相一族がその代表格。
 上州の群馬県で「名門」の血を繋ぐ動きが。
 10月10日公示、10月22日投開票の衆院選に中曽根康隆氏が出馬表明。
 「自民党の国会議員として国のために働きたい」が出馬した決意。
 祖父は「大勲位」の中曽根康弘元首相。父は中曽根弘文元文相。
 「中曽根一族が『中曽根ブランド』確立に向けてノロシをあげてきた」(永田町筋)
 中曽根元首相は東京帝国大学を卒業し、内務省に。海軍主計中尉を経て、終戦時は海軍少佐。
 国会議員のバッジをはじめてつけたのは1947年の衆院選挙。82年11月に内閣総理大臣に就任し、政権在任日数は1806日。
 議員バッヂをはずしてからも「平成の妖怪」と自ら称し、現在も永田町に影響力を。
今年5月26日の誕生日で99歳になっているが、いたって元気。
 中曽根弘文元文相は慶応大学商学部を卒業。旭化成の課長、首相秘書をへて86年の衆参同日選挙で初当選。参院議員当選6回。麻生内閣では外相も。71歳。
 「中曽根ブランド」を継ぐ康隆氏は幼稚舎から大学まで慶応。
 アイドルグループ「嵐」の櫻井翔とは同窓。留学した米コロンビア大学院では、小泉進次郎自民党筆頭副幹事長と一緒だった。
 大学時代は体育会のゴルフ部に属し、副将を。35歳。
 「中曽根ブランド」継承し、確かなものにできるか。

「当選10期でピリオド」

 民進党は各政党の寄り合い世帯。
 このことでしばしば「政策」「主張」で紛糾を。
 そんな時、「まとめ役」として存在感を示していた川端達夫前衆院副議長が国会から退く。
 10月22日投票の衆院選に出馬せずに引退。
 旧民社党出身で民社党グループにとっては「寂しい」だけではすまない。
 「グループとしての発言力が弱まってくるのでは」
 そんな声が聞かれる。
 その力量は、かつて熊谷弘氏、仙谷由人氏、佐藤敬夫氏とともに「民主党を引っ張る4人組」とまで言われていたほど。
 民進党内にあって、川端氏は旧民社党グループをしっかりと束ねてきている。その束ね役が去ってしまう。
 性格はいたって温和。控え目で「オレがオレが」が多い永田町にあっては珍しい政治家。それでいて、きっちりと「押さえる」ところは押さえてきている。
 それだけに党内からも「存在の大きな人がいなくなるのは痛い」と引退を惜しむ声が。
 実家は滋賀県近江八幡で300年続く老舗の薬問屋。
 長男が代々家系をつぐことになっており、次男だったため、家業と離れた世界に。
 京都大学、京都大学大学院工学研究科を経て東レに入社。東レでは海水を淡水に変える研究をしていた研究者だ。
 国会議員になったのは中曽根康弘首相が「死んだふり解散」をした選挙。このとき東レ労組の地域幹部をしていた。
 かつて、政治部記者が選んだ「21世紀の日本のリーダー」でベスト20位にはいっている。

「リベラルの騎手」

 リベラルの旗手、谷垣禎一元自民党総裁が、国会議員としての活動に幕を降ろした。
 衆院選に出馬せずに引退。
 自身が率いる派閥グループ議員には「選挙では全員が勝ち抜いて」と。
 長い自民党の歴史にあって、総裁ポストまで昇りながら、首相になれなかったのは河野洋平氏と、谷垣氏の2人だけ。
 かつて政治記者の間で「首相になれる政治家」のトップにあげられたこともある。
 だが、その夢は実現せずにピリオドを。
 06年の総裁選では、安倍晋三首相に敗れている。
 このときの総裁選には谷垣氏、安倍氏、そして麻生太郎氏の3人が立候補。
 結果は安倍氏が464票を集めて総裁に。麻生氏は136票で2位、谷垣氏は102票の3番手で終わっている。
 安倍氏は52歳、谷垣氏は61歳だった。
 12年の総裁選は「今度こそは」と強い意欲をみせていたが、出馬断念に追い込まれている。
 谷垣氏はスポーツマン。東京大学の学生時代は山岳部に所属。冬山のとりこになっている。
 雪の中をザックを背負って進むラッセルに「はまって」しまい、留年までも。
 政治家になってからは自転車が大の趣味に。それも国内最大の自転車ロードレース「ツール・ド・北海道」に出場するほどの本格派。
 だが、これが議員生活にピリオドを打つ原因になってしまった。
 昨年7月にサイクリング中に転倒。頸椎を損傷して、いまも療養生活を続けている。

「外交は」

 この秋、安倍晋三首相は体がひとつではとても足りない忙しさだ。
 首相だけが持っている専権事項の「衆院解散」に踏み切り、10月10日公示、10月22日投開票の選挙戦に突入。
 加えて秋は「外交の季節」で、世界各国首脳との首脳会談が。
 9月20日(日本時間21日未明)にニューヨークの国連本部で約16分間にわたって演説。
 安倍首相が国連本部で演説したのはこれで5年連続になる。
 ニューヨークに滞在中、グデレース事務総長、ヨルダンのアブドラ国王、フランスのマクロン大統領、太平洋島しょ国首脳、イスラエルのネタニヤフ首相らと会談を。
 昼食会は米トランプ大統領と隣り合わせの席。これはトランプ大統領からのリクエストだった。
 国連総会に出席する直前にはインドを訪問し、モディ首相と首脳会談。
 アーメダバードとムンバイ間(約500キロ)の高速鉄道建設などで総額約1900億円の円借款供与で合意している。共同声明の中にはインド国内で今後5年間に1千人の日本語教師の育成も。
 11月にはトランプ大統領が来日する。
 トランプ大統領とは大統領就任いらい顔を合わせての会談も多く、電話会談はひんぱんに。来日は大統領就任後初めてに。   
オバマ前大統領が来日したときは、銀座の寿司店「すきやばし次郎」で懇談を。
 9月7日にはロシアのウラジオストックでプーチン大統領と19回目の首脳会談を。それでも北方領土問題での進展は厳しかった。外交の難しいところだ。
 中国習国家主席との会談も検討されている。

「支持率」

 各世論調査に動きが出ている。
 7月に政権維持で「危険水域」といわれる30パーセントを割り込んでしまった安倍晋三政権だが、8月の内閣改造によって再上昇。
 直近の各世論調査では50パーセント近くまで盛り返している。
 自民党の支持率もジワリと浮上だ。
 寂しいのは民進党。蓮舫氏が辞任し、前原誠司氏が代表の座に就任したが、代表交代の効果はまだ表れていない。
 離党議員が相次ぎ、支持率はさらにダウンか微増。
 支持率再上昇を受け、安倍首相は首相だけが持っている専権事項の「解散」に。10月10日公示、10月22日投開票で衆院選挙が。
 それだけに、各党にとって支持率はいま最も気になるところだ。
 「支持率によって政治を行っているわけではない」
 歴代首相はそう言い、安倍首相も同じ考えを。
 だが、支持率再上昇が「解散」に踏み切らせた。
 50パーセント前後といえば、政権の座に就いた12年12月26日の支持率に近い。
 前原代表がかかげているキャッチフレーズは「All for All」だ。
 「政権を奪取して、総理大臣になる」と声を高くしている。
支持率は伸び悩みだが、さらに強気の構え。
投票日までわずかしか時間はない。
 小池百合子東京都知事が自ら代表として「希望の党」で選挙戦に割り込んできている。
 票はどの党に流れるか。ますます流動的になってきた。

「秘書は走る」

 スワッ!
 解散で「前議員」となり、どの前議員も目は血走っている。
 10月22日投票まで、時間はわずか。
 「議員バッヂがなくなると、ただの人」(永田町筋)とも言われており、まさに投票日までが「勝負」だ。
 目が血走っているのは前議員だけではない。
 秘書もそうだ。議員の落選はそのまま失業につながってしまう。
 国会議員は税金で給料が支払われる公設秘書を3人まで抱えることができる。
 これに私設秘書を合わせると、秘書は大変な人数に。
 ちなみに12年12月16日の衆院選では、旧民主党議員が大量に落選したこともあり、全体で公設秘書だけで800人ほどの秘書が職を失ったという大変な事態になった。
 落選議員は「3日以内に議員会館から立ち退く」よう衆院事務局から迫られる。
 引っ越しが終わると秘書は、そのまま失業だ。
 と同時に就職活動が始まる。
 「就活」は当選した新人議員に対して。
 新人議員は国会内の部屋もわからない。活発な議員活動をするには有能な秘書が欠かせない。
 そこで、永田町の事情に精通したベテラン秘書は引っ張りだこだ。
 勢いに乗り、大量の当選者を出した政党は、当然のように秘書が足りなくなる。
 昨年の参院選で勝利したとき、共産党は機関紙に秘書募集の広告を出しているほど。
 22日の投票でどういった結果が出てくるか。
 生活のかかっている秘書は走る、走る。