中央政界特報

■平成29年8月31日(木) 第5322号

「政治特報」

 9月1日、民進党の新しい代表が決まる。「打倒自民党政権」として再生なるか。「分裂の始まり」といった声も聞かれる。

 厳しい声が安倍政権の閣僚から。
 野田聖子総務相が言っている。
 民進党の役目が終焉になってきていることを。
 国会議事堂から徒歩3分とかからない絶好な場所、永田町にある民進党本部。
 民間ビルに賃貸で1997年から入居している。
 2009年、衆院選で大勝し、衆参合わせて国会議員が417人とふくれあがったときの党本部は大騒ぎだった。
 本部の中で一番大きいホールでも250席しかとれない。
 「引っ越さなくては」と近くのビルを物色。
 いま同じビルにいるが、広々としている。
 「寒々としているといったほうがいいのでは」(永田町筋)
 昨年の参院選が終わった時点での議員は衆院が97人、参院が49人。あわせて146人。
 その後、離党者が相次ぎ、前代表代行の細野豪志氏も離党。つい最近、8月16日には横山博幸衆院議員、8月18日には木内孝胤衆院議員も離党してしまっている。
 民進党の置かれている状況は厳しい。
 安倍内閣が大きく支持率を落としても、民進党は支持率を伸ばすことができない。
 各世論調査では一桁の支持率。
 安倍晋三首相は内閣を改造。これによって支持率は上向いてきている。
 「代表選は民進党にとって、再生できるチャンス」(永田町筋)
 前原誠司氏と枝野幸男氏による一騎打ち。
 前原氏は1962年4月30日、京都生まれ。京都大学法学部を卒業し、政治家を目指して松下政経塾に。
 91年に京都府議、93年の衆院選に日本新党から出馬して初当選。
 SLの撮影が趣味の「撮り鉄」だ。
 枝野氏は1964年5月31日、栃木県生まれ。東北大学を卒業。司法試験に合格して弁護士に。
 前原氏と同じく93年の衆院選に日本新党から出馬して初当選。
 中学、高校では合唱団に所属し、全国大会優勝の経験も。
 民進党は旧民主党時代に政権をものにしている。
 だが、鳩山由紀夫元首相は266日、菅直人元首相は452日、野田佳彦元首相は482日。
 3人で1198日しか政権を持ちこたえることができなかった。
 前原氏は「必ず政権交代はできる」と。 
 枝野氏も「自民党を倒す」の声を高くしている。
 新代表で「受け皿」になれるか。
 それとも永田町で言われているように「分裂のはじまり」となるか。いま、民進党の将来がかかっている。

「第3次安倍第3次改造内閣・上川陽子法務相」

 神輿をかつぐのが「一番の趣味」という上川陽子法相。
 というわけで、祭りの季節になると、落ち着かなくなってくる。
 日本舞踊は趣味の域を出ており、名取。
 神輿担ぎと日本舞踊。なんとも相対する趣味といえるが、もうひとつ趣味がある。
 それは合気道で、腕前には自信を。
 なんとも威勢のいい法務大臣だ。
 もっともいま現在、すっかりのめりこんでしまっているのは孫のための子供服選び。
 1953年3月1日生まれの64歳。初孫が生まれてからは孫がかわいくてならない。
 法務大臣のポストは2度目。
 2014年、松島みどり法相が、地元選挙区にうちわを配布し、寄付行為を禁じた公選法違反の疑いで辞任。そのあとを受けて就任している。
 今回の就任は「抑えのエース」「守護神」として期待されてのもの。
 前任の金田勝年氏は、「共謀罪」法案の国会答弁でしばしば行き詰ってしまった。
 安倍晋三首相は改造内閣を「仕事人内閣」と命名しているが、上川氏に期待しているものは大きい。
 2007年8月の改造内閣にも少子化担当の特命相として大臣の椅子に座らせている。
 東大教養部卒業後、三菱総合研究所に入り、その後ハーバード大学大学院に留学。
 留学時代には米上院議員政策立案スタッフに。
 国際派であり、政策通だ。
 改造内閣の女性大臣は野田聖子総務相と上川法相の2人だけ。

「斉藤健農林水産相」

 トントンと自民党内における出世階段を上がり、農林水産相として閣僚入りした斉藤健氏。
 そのことは衆院当選3回での大臣就任がすべてを物語っている。
 自民党の「プリンス」といえば小泉進次郎氏。
 初当選したときから「首相候補」ともてはやされ、「出世の登竜門」といわれる党青年局長をへて復興政務官、党農林部会長に。
 今回の改造では入閣はしなかったものの、党筆頭副幹事長に就任している。
 斉藤氏は小泉氏より年上の58歳だが、フェアウエイの真ん中を進んでいる。
 初当選は09年の衆院選。小泉氏とは同期になる。初当選同期は小泉氏らと4人しかおらず、4人で「四志の会」を結成している。
 13年に農林部会長に。小泉氏と同じ経歴に。
 党副幹事長も歴任している。
 そして入閣は小泉氏より先ということになった。前職は農林水産副大臣だった。
 小泉氏からは「同期からの大臣。頑張ってほしい」のエールが。
 まさに順調そのもの。
 この歩みからも、党内で「期待されている」ことがありあり。
 現に菅義偉官房長官が高く買っている。
 東京大学経済学部を卒業し、ハーバード大学院を修了。
 卒業後は通産省に入省。日米自動車交渉でアメリカと渡り合っている。 その後、出向で埼玉県副知事に。
 初当選の前年の千葉7区補選では落選している。
 改造内閣では石破派は冷遇されているが、その石破派からただ一人の大臣だ。

「第3次安倍第3次改造内閣・小此木八郎国家公安委員長」

 初入閣の小此木八郎国家公安委員長。
 改造内閣の平均年齢は61・6歳。
 最高齢は麻生太郎副総理兼財務相の76歳。
 1965年6月22日生まれで52歳の小此木氏は最年少に。
 それでも国会の本会議場での閣僚席は安倍晋三首相側では麻生太郎副総理兼財務相、茂木敏充経済再生相、菅義偉官房長官、河野太郎外相についでいる。
 閣僚のうち12人が親族から地盤を継いでいる世襲議員で、小此木氏もその一人。
 神奈川県で「政治家の名門」とまで言われている家系。
 父小此木彦三郎氏は自民党の重鎮で建設相、通産相を。祖父も政治家だった。
 菅義偉官房長官は小此木彦三郎氏の秘書を約8年務めた後、横浜市会議員になっている。
 今日の菅官房長官のはじまりに。
 小此木氏は玉川大学文学部を卒業。父の急逝で、1993年の総選挙に出馬して初当選。このとき28歳。
 初入閣だが、自民党内にあって国対委員長代理,政調副会長、青年局長など実務に携わってきている。議員運営委員会にもかかわっており、国会運営での手腕は高く評価されている。
 小渕第2次改造内閣では文部政務官、第2次小泉改造内閣では経済産業副大臣を。
 今回の内閣改造は「安倍首相による石破つぶし人事」(永田町筋)とも言われている。
 石破茂氏には声をかけないばかりか、無派閥だが、石破氏に近い小此木氏を釣り上げた。

「第3次安倍第3次改造内閣・加藤勝信厚生労働、働き方改革・拉致担当相」

 「健康維持に率先垂範している」と評判。
 その評判に応えるような加藤勝信厚生労働、働き方改革、拉致担当相。
 厚生省は日本人の平均寿命がまた延びたことを公表している。
 これによると女性は前年より0・15歳高くなり87・14歳、男性は0・23歳延びて80・98歳に。過去最高だ。
 加藤氏の趣味はオートバイ、それにセーリングとアクティビティ。
 エレベーターを使わずに、大臣室まで階段をかけあがっていく。
 改造内閣では安倍晋三首相は、距離を置いていた野田聖子氏を総務相に、河野太郎氏を外相に起用。
 「お友達内閣ではない」ことを強くアピールしている。
 そんな改造内閣にあって、加藤氏は安倍首相の信頼が厚い。側近だ。
 1年で政権の座を降り、12年12月26日に返り咲くまでの間、超党派議員連盟「創生日本」の事務局長を務め支えてきている。
 2年前の自民党総裁選では立候補に意欲をみせた野田氏の前に立ちはだかり、安倍首相の再選に尽力。
 故加藤六月元農水相の女婿。
 六月氏は安倍首相の父、安倍晋太郎氏の側近として知られていた。
 二代つづけての側近ということに。
 東京大学経済学部卒業。そのまま大蔵省に入省し、主計局主査などを。
 その後、六月氏の秘書となり、2003年の総選挙で議員バッヂをつけている。
 今回の改造では「外相をまかせられるのではないか」といった声もあった。

「第3次安倍第3次改造内閣・中川雅治環境相」

 安倍晋三首相の改造内閣に期する思いは強い。
 「仕事人内閣」と命名し「実力本位の布陣」と言い切っている。
 その中に入閣した中川雅治環境・原子力防災担当相。
 「実力本位」を裏付けるように、19人のうち残留が6人、閣僚経験者は7人。
 ひきかえ初入閣は6人に絞っている。
 2014年9月の改造では8人、15年10月の改造では9人、16年8月の改造では8人の新大臣を誕生させているのとは大違いだ。
 それほど安倍首相の「失敗はゆるされない」の気持ちが入った内閣。
 6人のうちの1人に抜擢された中川氏。
 「まさに実力本位の人」(永田町筋)だ。
 環境問題は「待ったなし」の大問題。
 日本だけではなく、地球の存亡がかかっている。
 これまでの国際的に精力的に動いてきた実績が期待されての大臣就任。
 原子力防災担当としても安倍首相は頼りにしている。
 「環境政策の手腕は際立っている」(永田町筋)
 1947年2月22日生まれ。
 東京大学法学部を卒業し旧大蔵省に入省。大蔵省では理財局長に。
 官僚としてのスタートは大蔵省だったが、環境庁が環境省に昇格するや環境省総合環境政策局長に。そのあと、2002年にトップの事務次官に昇進している。
 国会議員になったのは04年の参院選に初出馬し、初当選して。
 武勇伝を持っている。77年の出張時に乗っていた飛行機がハイジャック。犯人を他の乗客とともに取り押さえている。

「第3次安倍第3次改造内閣・河野太郎外相」

 最後まで決まらなかった重要閣僚の外相に就任した河野太郎氏。
 英語ペラペラで、その英語力は際立っている。
 英語のしゃべれる国会議員は多くなっているが、河野外相は「文句なしに一番」(永田町筋)ともっぱら。
 普通の会話はもちろん、ジョークも英語で。
 日本の国会議員で「英語力の達人」と言われていたのは宮沢喜一元首相だったが、いまでは河野氏が。
 米国ジョージタウン大学国際学部卒業という学歴が大きくものを言っている。
 卒業後は富士ゼロックスに入社し、シンガポールに赴任。ここでさらに会話力に磨きをかけている。
 河野氏が外相と決まったとき、永田町には「大丈夫か」と危惧する声が多かった。
 「原発ゼロの会」を発足させるなど、安倍晋三首相と距離をおいてきていることで、「閣内で不協和音の源になるのでは」と。
 だが、それはまったくの危惧になっている。
 就任早々に東南アジア諸国連合(ASEAN)関連外相会議に出席のためフィリピンに。
 中国の王毅外相との会談で一気に評価を上げている。
 親子二代続けての外相だが、父河野洋平氏の考え方、スタンスをそのまま継いでいない。
 「河野洋平の息子というより、河野太郎外相と見てほしい」とまで。
 肝臓を患った父親には、自らの肝臓の一部を移植しているが、外相としてはあくまでも「河野太郎」流で。
 安倍首相の人事はピタリ的中か。