中央政界特報

■平成29年8月24日(木) 第5321号

「政治特報」

 内閣改造後の支持率は再上昇の気配。永田町では「ポスト安倍」が騒がしくなってきているが、安倍晋三首相の長期政権は続くか。

 米トランプ大統領は8月4日から17日間の長い夏休み。もっとも14日にはホワイトハウスにもどって白人至上主義者を非難。
 夏休みは安倍晋三首相を招待したフロリダではなく、暑さを避けて東部ニュージャージー州ベッドミンスターにある自身のゴルフ施設「トランプ・ナショナル・ゴルフクラブ」で。
 ロシアのプーチン大統領の夏休みは8月1日から3日までの3日間。
 トランプ大統領とは対照的に短い休み。
 中身は充実していた。トゥヴア共和国の秘境で、魚を追いつづけた。
 魚獲りでの上半身裸の写真を何枚も公開しているほど、体力をアピールする夏休みに。
 安倍首相の夏休みだが、15日の日本武道館での全国戦没者追悼式の後、山梨県鳴沢村に。
 小泉純一郎元首相、森喜朗元首相らと笹川陽平日本財団会長の別荘で食事を。そのあと自身の別荘に。
 休みは昨年にくらべるとぐんと短くなっている。昨年は7月17日から24日までと、8月10日から19日までの2回。この間、ゴルフを9回という余裕だった。
 今年の夏休みは、秋に備えての心身ともにの充電に。
 この秋は、安倍首相にとってきわめて大事。
 来年9月末で自民党総裁の任期が切れる。再選され、2021年までの長期政権を実現することができるか。
 夏休みにはいる前、安倍首相は地元山口県に帰り、昭恵夫人ともども長門市の安倍家の墓参りに。
 墓前で誓ったのは、
 「国政に全力を尽くします」
 墓参り後の記者会見では「初心にかえる」を改めて誓っている。
 夏休みが終わると、待ったなしで国政の季節に。
 8月下旬には英国のメイ首相が初の来日を。
 9月に入ってすぐウラジオストックでプーチン大統領との首脳会談。
 9月下旬にはニューヨークでの国連総会に出席。そして臨時国会の召集と政治日程はびっしりと詰まっている。
 改造によって、支持率は再上昇。
 7月下旬の段階では政権維持で「危険水域」といわれる30パーセントを割り込んでいたが、「改造効果」で持ち直し。
 だが、5月までの50パーセント前後の支持率にくらべると、まだまだ完全に「危険水域」からは脱していない。
 「丁寧に」秋の政治日程をこなし、どこまで盛り返すことができるか。
 それが「長期政権」という頂上への道に。
 永田町の一部には「目標を長期政権より、キングメーカーに変えてきているのでは」といった声もあるが。

「第3次安倍第3次改造内閣・吉野正芳復興相」

 留任の吉野正芳復興・原発事故再生相。
 今年4月27日に就任したばかり。
 それも前任者が「東北でよかった」の問題発言で、更迭された後を受けて。
 留任は早い段階から決まっていた。
 「いま復興相に一番の適任」(永田町筋)
 福島県いわき市出身。自身の自宅は半壊、事務所も津波被害にあっている。
 復興相としての仕事は前任者の心ない発言についての「おわび行脚」から始まっている。
 「復興」への思いは強い。
 「原発の廃炉を見届けることが私にあたえられた仕事」と。
 東日本大震災が東北各県を襲ってから、6年半に。
 「復興」への声は、ややもすれば風化されがちになってきている。
 だが現実に、被災地にはまだ深い傷跡がそのまま残っている。
 復興相の仕事はそれだけに大きく重い。
 福井県内堀雅雄知事からは「復興を前に進めてもらいたい」、宮城県村井嘉浩知事からは「リーダーシップを発揮してもらいたい」と、強く求められている。
 1948年8月8日生まれの69歳。
 早稲田大学商学部を卒業し、家業の製材会社に就職。
 政治の道に入ったのは87年の福島県議選で当選してから。
 国政には2000年6月、田中直紀氏が参議員に転出したのを受けて。
 座右の銘は「初心不可忘」だ。
 留任したことで、復興・原発事故再生への力量がさらに注目される。

「第3次安倍第3次改造内閣・江崎鉄磨沖縄・北方担当相」

 初入閣だ。それがいきなり改造内閣を揺さぶってしまった。
 安倍晋三首相は第3次改造内閣を『結果本位の仕事人内閣』と声高らかに。
 「党内の幅広い人材を糾合した」
 それがなんと、沖縄・北方をまかされた江崎氏が、任命した安倍首相も思わずのけぞってしまうような発言を。
 「しっかりお役所の原稿を読む」「(北方領土)は素人。みなさんに色をつけてもらう」
 大臣就任してから4日しかたっていないところでの発言だ。
 いきなり支持率回復を目指す安倍首相の足を引っ張ってしまった。
 その後の記者会見では「北方4島の名前は」といったことまで問われてしまっている。
 不安は入閣が決まったときからあった。
 「私は任にあらず」と腰がひけていた。
 父親故江崎真澄氏は自民党の重鎮議員だった。
 田中角栄氏の側近で、総務庁長官、通産相などの要職を歴任している。
 その真澄氏の三男。1943年9月17日生まれの73歳。
 立教大学文学部を卒業。父親の秘書を長く務め、1993年の衆院選に初出馬して初当選。
 2009年に落選の苦渋を飲んでいる。
 14年の選挙で復活。これまで消費者問題特別委員長、党交通安全対策特別委員長などを。
 第3次小泉内閣では国土交通副大臣をつとめたが、閣僚にはなれないでいた。
 それだけに、初入閣で大臣としての力量発揮が注目され、期待されているのだが。

「第3次安倍第3次改造内閣・鈴木俊一五輪担当相」

 小泉内閣での環境相に次いで、2度目の入閣をはたした鈴木俊一五輪担当相。
 父親の故鈴木善幸元首相そっくりの顔立ち。
 麻生太郎副総理兼財務相は義兄にあたる。
 鈴木元首相の引退を受け、1990年の衆院選に初出馬。
 元首相の圧倒的な強い地盤で、他を寄せ付けないトップ当選。
 以後、8回の当選を重ねている。
 初当選のとき父の後を継いでいくことを強調していた。
 「父の政治姿勢を継いでいく」
 政治姿勢は継いでも、行動力では父を上まわっている。
 日本人10人を含む40人が犠牲になった2013年1月に起きたアルジェリア人質事件では、外務副大臣として現地入り。
 第2次橋本内閣で厚生政務次官、2002年の小泉内閣で環境相として初入閣。
 第2次安倍内閣で外務副大臣。
 党内にあっては財務委員長、総務会長代理などを歴任している。
 2020年東京オリンピック・パラリンピックまで3年を切ってしまっている。
 五輪担当相として入閣した翌日、まっさきに東京都庁に足を運び、小池百合子知事と会談。
 開会式が日一日と迫ってきているのに、国と都の関係はスムーズではなかった。
 前任の丸川珠代氏と小池知事の間はギクシャクしていた。
 鈴木五輪担当相と小池知事は環境相を引き継いだ関係。小池知事は「頼りにしてます」と。

「第3次安倍第3次改造内閣・松山政司1億総活躍・少子化担当相」

 初入閣の松山政司氏。まかされたのは1億総活躍・少子化対策。
 いずれも安倍晋三首相が最重要政策としており、政権発足いらい掲げている。
 第3次改造内閣を安倍首相は「実力本位内閣」と位置付け「仕事人内閣」と強調している。
 1億総活躍、少子化はともに、日本が直面している課題だ。
 国立社会保障・人口問題研究所が公表している将来推計人口によると、50年後の日本の人口は現在の1億2700万人余から8800万人余にまで減ってしまう。
 総務省のまとめによると、子供の人数の減少が激しい。
 子供の人数が最も多かったのは1954年で2900万人余だった。それが今年の子供の日時点では1570万人余に。
 将来的に高齢者1人を支える現役はいまの2・3人から1・3人に。
 まさに1億総活躍・少子化対策は「待ったなし」だ。
 それだけに担当大臣としての責任は重い。
 「入閣は間違いなし」と見られていた。
 安倍第1次内閣のときは経済産業政務官。第2次安倍内閣では外務副大臣を務めている。
 日本青年会議所会頭時代には阪神・淡路大震災の支援で走りまわり、難民支援活動にも。
 「自分から動き、行動力がある」(永田町筋)
 自民党内にあっては選対委員長などを歴任し、昨年秋からは参院の国対委員長として、野党と張り合っていた。「共謀罪」法案を強行している。
 趣味はギター。カラオケではもっぱら松山千春の歌を。

「第3次安倍第3次改造内閣・梶山弘志・地方創生・規制改革相」

 衆院当選6回、61歳で大臣の椅子に座った梶山弘志地方創生・規制改革相。
 大臣就任直後の首相官邸での記念写真撮影では後列から2番目の列に位置し、その表情は緊張感を保っていた。
 父親は国政史に名を残している故梶山静六氏。
 「一致団結箱弁当」と堅い結束を誇った竹下登元首相率いる「竹下派」の七奉行の一人だった。
 官房長官としても辣腕をふるい「歴代官房長官で一番」といった見方までされている。
 安倍晋三首相を内閣発足いらい支えてきている菅義偉官房長官は「師」と仰いでいる。
 無派閥だが、このこともあって菅官房長官とは近い関係に。
 1955年10月18日生まれ。
 日大法学部を卒業し、旧動力炉・核燃料開発事業団に就職。
 その後、父静六氏の秘書に。
 静六氏の引退、死去にともない平成2000年の衆院選に出馬。国会議員としての道に踏み出している。
 選挙には滅法強い。03年の選挙では旧民主党は初めから腰がひけ、候補者を擁立しなかった。
 09年に日本列島にブームを起こした民主党旋風のときでも動じなかった。
 7000票差をつけて逃げ切っている。
 14年の選挙はダブルスコアをつけての圧勝。
 中小企業の活性化に力を注いできており、地方創生相のポストは「適任」(永田町筋)と。
 静六氏は「愛郷無限」を政治信条としてかかげていたが、これをそのまま受け継いでいる。

「第3次安倍第3次改造内閣・茂木敏充経済再生・人づくり革命相」

 自民党内で政調会長、選対委員長などの要職を歴任にして入閣した茂木敏充経済再生・人づくり革命相。
 これまで小渕第2次改造内閣で通産政務次官、小泉改造内閣で外務副大臣、小泉再改造内閣で沖縄・北方・科学技術政策担当大臣、福田内閣で内閣府特命担当大臣、第2次安倍内閣で経済産業大臣を。
 今回の改造では外相ポストに狙いを定めていた。
 「安倍晋三首相は河野太郎氏を外相にし、茂木氏としては残念な思いでは」(永田町筋)
 これまでの経歴、行動からも、外交には強い自信を持っている。
 外務副大臣のときの動きは、川口外相の影がかすみがちになるほどだった。
 イラク戦争後の復興協力のため、バクダッドに飛んだりと、外務省を引っ張っている。
 任命された「人づくり革命」。これに安倍首相は力を入れている。
 「仕事人内閣で結果を出す」を掲げ、その中の柱に据えている。
 そのことは2018年度予算案に約4兆円の特別枠を設定していることで明らか。
 「人づくり」の具体的な内容は誰でもが教育を受けられる無償化、個人の能力を高めることによる活性化など。茂木担当相に期待されるものは大きい。
 東京大学経済学部を卒業し商社の丸紅に。
 3年後にハーバード大大学院に留学。その後、新聞記者、コンサルティング会社マッキンゼーを経て政治家の道に。1993年の衆院選に日本新党から出馬して初当選。95年に自民党に入党。