中央政界特報

■平成29年8月17日(木) 第5320号

「政治特報」

 やっぱり解散はあるか。安倍晋三首相は強く否定しているが、状況は「解散」へ一直線になってきている。

 永田町の自民党本部内の売店、靖国神社の売店などで売られている安倍晋三首相を取り上げた「晋ちゃんまんじゅう」が売れている。
 安倍首相をモチーフにした菓子類は多いが、なかでも人気は「晋ちゃんまんじゅう」。
 これまで何度か中身が変えられており、今年は「晋ちゃんのびっくり栗饅頭2017」。
 6月、7月と支持率が急落したときも、売り上げは落ちなかったようだ。
 安倍首相は内閣を改造した直後の記者会見、その後のテレビ局の報道番組で、「解散は考えていない」と。
 だが、永田町では誰ひとり、これを信じていない。
 8月の永田町は国会閉会中。夏休みだ。
 各党議員は地元に帰っており、静まりかえった国会議事堂にはセミの鳴き声が。
 衆院議員は与野党を問わず、顔色が変わっている。
 これからの国会をめぐる主な動きは9月1日に民進党代表選、9月上旬に安倍首相はロシアのウラジオストックでプーチン大統領との首脳会談。下旬にはニューヨークに飛び、国連総会に出席。
 そして9月中には臨時国会の召集。月内に予定されている皇室会議で皇位継承と改元の期日の決定ということも。
 この詰まっている日程の中で、永田町では「9月22日にも解散。10月22日に投票」といったことまでささやかれている。
 解散は首相だけが持っている専権事項。
 それに「解散に限っては首相はウソをついてもいい」という永田町の常識がある。
 否定している安倍首相だが、いつ「解散!」の声が飛び出すか。
 内閣改造直前に2度にわたって安倍首相と会談した公明党山口那津男代表は「常在戦場」と解散ありの見方を。
 自民党二階俊博幹事長も「解散あり」を。
 44人にまで膨れ上がった自派の研修会で「遠くない日にある」と断言。所属議員にハッパをかけている。
 解散への状況は揃っている。
 内閣改造によって安倍内閣、それに自民党の支持率は回復。
 ひきかえ、民進党は代表選の結果によっては党分裂もささやかれるほどの大揺れ。その前兆は党の幹事長、政調会長の要職を務めた細野豪志衆院議員の離党に。
 それに小池百合子東京都知事が国政に出てくることへの警戒感が。

「第3次安倍第3次改造内閣・菅義偉官房長官」

 続投の菅義偉官房長官。12年12月26日に安倍内閣が発足してからずっと官房長官の座に。
 今回の改造でも、安倍晋三首相は当初から「骨格を変えるわけにはいかない」と菅長官の続投を示唆していた。
 政治家の名門の家に生まれ、育ってきた安倍首相とは正反対。
 菅氏は筋金入りの「叩き上げ」だ。
 生まれたのは秋田県の農家。
 高校を卒業するや、集団就職列車で上野に。
 東武東上線沿線の段ボール工場に就職。叩き上げの第一歩を。
 以後、築地市場での台車運びなどをはじめ多くの職場を転々。
 その後はひたすら努力。苦労を重ねながら大学を卒業。横浜市会議員が政治家への第一歩になっている。
 官房長官として午前と午後の2回、首相官邸での記者会見に。
 いかなる事態になっても菅官房長官の記者会見は乱れたことがなかった。
 だが、今年にはいってからの森友学園問題、加計学園問題では、抑えきれない感情が言葉に。
 「冷静な菅官房長官としては、こんなことは初めて」(永田町筋)
 これまでの安倍首相の「1強」が崩れてきており、自民党内では「ポスト安倍」の動きが。
 菅官房長官も「ポスト安倍」の一人として名前があがっているが、いまは安倍政権を支えることに、それこそ全力投入になっている。
 歴代官房長官で「名官房長官」と言われたのは梶山静六氏。
 菅官房長官には「梶山氏を抜いた」の声もかかっている。

「第3次安倍第3次改造内閣・石井啓一国土交通相」

 留任した石井啓一国土交通相。
 留任は麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官に次ぐ早さで決まっている。
 7月21日の安倍晋三首相と公明党山口那津男代表の会談で取り上げられ、7月31日の会談でスンナリと。
 昨年8月3日の第3次再改造内閣で初入閣。
 大臣の椅子に座ってまだ1年たったばかりのところだが、この短い期間での手堅い仕事ぶりがやはり大きかった。
 森友学園問題でも、野党の追及にぶれない安定した答弁を。
 「もっと自分の色を出してもいいのではないか」(永田町筋)の声があるほど、道を外れない。
 動きも迅速だ。
 大臣に就任してからつぎつぎに起こった災害には、現地入りも早い。
 「指示が的確」と官僚から信頼されている。
 国土交通相は、うってつけのポスト。
 東大工学部を卒業して選んだのは旧建設省。いまの国土交通省。ここで約10年間、官僚として道路局などに勤務。
 大臣になる前は、公明党内にあって順調に出世階段をかけ上がっており、政調会長などを歴任。 政調会長として社会保障と税の一体改革で手腕を発揮している。
 国会議員になったのは1993年の総選挙。
 1958年生まれの当選8回。59歳。
 「党代表の座に就くのは間違いない」が永田町での見方。
 党内にあっても、そう見られている。それだけに国土交通相として2期目のこれからの仕事ぶりが注目される。趣味はドライブ。

「第3次安倍第3次改造内閣・林芳正文部科学相」

 「困ったときはこの人」と言われている通り、文部科学大臣に就任の林芳正氏。
 国会議員にはいろいろな趣味を持っている議員が多い。
 趣味はミュージック。国会内に「ギインズ」という名のバンドがある。
 97年に林氏が立ち上げた国会議員4人によるバンドだ。
 今回の内閣改造で小此木八郎氏(国家公安委員長)、松山政司氏(1億総活躍相)、そして林氏とバンドのメンバー3人が入閣。
 あと1人は浜田靖一衆院予算委員長。
 林氏はピアノとボーカルが担当で作詞作曲も。
 揃っていかつい顔のおじさんバンドだが、05年にはアルバムをリリースし、13年と14年にはライブも行っている本格派。
 「プロ並みの力がある」とライブでは多くの拍手を集めている。
 安倍晋三首相はまさに「困ったとき」とばかり林氏を文部科学相に。
 はじめは、重鎮の伊吹文明氏に打診していたが断られてしまった。
 森友学園問題、加計学園問題で文部科学省内は大揺れになっている。
 「実力者が就任しないことには収まらない」(永田町筋)
 そこで林氏に。08年の福田改造内閣で防衛相として初入閣して以降、経済財政相、農水相などを歴任。
 農水相時代にはTPP(環太平洋経済連携協定)で手腕を発揮している。
 12年の総裁選に出馬している。
 安倍首相に敗れてしまったが、いまでも「政権の座」への意欲は強い。
 東大、ハーバード大学院を卒業。

「第3次安倍第3次改造内閣・世耕弘成経済産業相」

 ロシア経済協力担当も肩書についている世耕弘成経済産業相。
 安倍晋三首相から絶対的な信頼を寄せられている。
 改造にあたって安倍首相は「骨格は動かさない」と言明し、麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官の留任をはじめから決めていたが、世耕氏も最初から留任だった。
 「安倍首相が安心して頼りにしていることでは一番」(永田町筋)と言われる側近だ。
 安倍首相とのつながりは、安倍首相が自民党幹事長だったときから。
 第1次政権では5人の首相補佐官の1人に。第2次政権では官房副長官に。
 そして第3次政権で経済産業相に。
 官房副長官時代は、安倍首相の行くところには丸い顔にメガネの世耕氏の姿が。それこそ世界中どこにでも。
 安倍内閣にあって、その働きぶりは際立っている。
 ロシア経済協力相として、世耕氏抜きは考えられないまでに。
 この面でもはじめから「留任」は決定していた。
 いま大学受験生の間で「トップグループ」にはいる人気なのは近畿大学。
 東京の大学も影がかすんでしまうほど。
 そのことは受験生数の多いことが裏付けている。
 近畿大学を一躍有名にしたのが世耕氏。
 近大理事長時代に「近大マグロ」を生み出した。
 「近大マグロがわれわれを助けてくれる」と全国の寿司職人。
 官房副長官という「黒子」でも、「大臣」という表舞台でもその手腕は注目される。

「第3次安倍第3次改造内閣・加藤勝信厚生労働相」

 1億総活躍相からの横滑りで留任している加藤勝信厚生労働相。
 1955年11月22日生まれの61歳。
 65歳以上という「高齢者」の仲間入りが近づいてきている。
 ところが、そんな感じはまったくない。
 健康には人一倍気を配っており、「足腰を鍛えることがなにより大事」と大臣室まで階段をかけあがっている。
 趣味はオートバイ。そしてセーリングだ。
 オートバイもセーリングもどっちかといえば「おじさんの趣味」ではない。
 国民の健康を考える厚生労働相ならではの趣味といえる。まずは自らが「健康維持」を実践だ。
 今回の改造で安倍晋三首相は「お友達」を排除しているが、加藤氏は別格。
 「12年12月に政権の座に就いたときの気持ちにもどってやっていきたい」と。
 安倍首相がいま政権を担当しているのに、加藤氏は大きく関わっている。
 「加藤氏が走り回らなかったら、安倍政権はなかったかもしれない」(永田町筋)
 安倍首相の第1次政権はわずか1年で終わってしまった。
 健康問題もあり、それこそ失意のどん底に。
 支えたのが加藤氏。超党派議員連盟「創生日本」の事務局長として安倍首相を支え、励ましてきている。
 このことからも安倍首相の「最側近」のひとり。
 故加藤六月元農水相の娘婿。
 東大経済学部を卒業して大蔵省に。
 「働き方改革、拉致」担当でもある。大臣としての手腕が注目される。

「第3次安倍第3次改造内閣・小野寺五典防衛相」

 小野寺五典防衛相に安倍晋三首相は早速指示を出している。
 安倍首相が指示を出したのは、改造内閣が出発した8月3日。
 指示は2013年の閣議で決定されている防衛計画の大綱。
 日本の周辺は緊張度が増している。
 これを踏まえての見直しを。
 見直しとなれば安倍首相が政権の座に就いてから2度目の見直しに。それほど、日本をとりまく状況は緊迫している。
 小野寺氏の防衛相。これは安倍首相の強い信頼がこめられている。
 防衛省は揺れている。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の日報問題。
 稲田朋美前防衛相は、改造まで持ちこたえられずに辞任。
 「防衛省、自衛隊は深刻な情況にある」(永田町筋)
 小野寺氏には混乱を収束させることへの期待が。 
 防衛相は2度目。2012年の第2次安倍内閣のときに就任している。
 このとき小野寺氏は全国各地の自衛隊部隊を視察。
 回った部隊は150カ所以上にも。
 ほとんど知られていないのは、休日になる土、日曜日をつかっての視察だったため。
 ここに小野寺氏の人柄があらわれている。
 防衛相を離任するときには涙の挨拶を。
 外務副大臣だった08年、イランで日本人大学生が誘拐されたときは、解放のために何度となく現地に飛び、8カ月後の解放に。
 座右の銘は「一隅を照らす」だ。
 自民党国会議員には少ない「松下政経塾」出身。