中央政界特報

■平成29年8月3日(木) 第17875号

「政治特報」

 自民党内が騒がしくなってきた。来年秋の総裁選へ向けて。派閥による陣取り合戦が勃発だ。

 ニューヨークから火花があがった。
 国連本部での持続可能な開発目標(SDGs)に出席していた岸田文雄外相。
 ピコ太郎さんに「ペンパイナッポーアッポーペン」を披露してもらい上機嫌。
 それが一瞬にして激怒に変わっている。
 二階俊博幹事長の長崎幸太郎衆院議員を自民党に復党させる動きに対して反発。
 ニューヨークから東京に電話をいれ、これを阻止。
 二階幹事長のほうもニューヨークから、岸田外相の反対を無視する発言を。
 ひきつづき、長崎氏の復党を党に働きかけることを言明している。
 長崎氏は前回の衆院選挙で岸田派の堀内詔子氏(比例南関東)に山梨2区で勝利。長崎氏は二階派の特別会員で、現在無所属。
 二階幹事長は昨年8月に幹事長に就任してから派閥勢力を拡大している。
 7月25日、勝俣孝明衆院議員(比例東海)の入会を発表。
 これで幹事長に就任してから増えに増え、総勢44人に。
 自民党内の派閥は安倍晋三首相の「1強」で平静を保っていたが、ここにきて勢力争いが激しくなってきている。
 麻生太郎副総理兼財務相は自らが領袖として引っ張る麻生派と山東昭子元参院副議長が会長の山東派、谷垣禎一グループから離れた旧佐藤勉氏の佐藤グループを吸収して新麻生派に。勢力はそれまでの44人から59人に膨れ上がっている。
 各世論調査で安倍内閣の支持率は急落だ。世論調査によっては政権維持で「危険水域」とされる30パーセントを割り込んでしまった調査結果も。
 少なくとも5月の時点までは「安倍首相の「長期政権は間違いなし」と見られていた。
 だが、いまや「一寸先は読めない」状況に。
 自民党総裁選は1年後の秋。
 「1強」の声は消え「ポスト安倍」の声が強まっている。
 そこで派閥の動きが活発に。
 総裁選で勝利するには国会議員の人数が。
 12年の総裁選では、石破茂氏が地方議員、党員票でトップだったが、国会議員による決選投票で安倍首相に敗れている。
 前回、15年の総裁選では野田聖子氏が国会議員による推薦人20人に1人足りず、出馬断念に追い込まれている。
 かねてから自民党内では「数は力」とされている。
 現在の派閥勢力は細田派が1番で96人。そのあと麻生派の59人、額賀派の55人、岸田派の46人、二階派の44人、谷垣グループの20人、石破派の19人、石原派の14人と続いている。

「会食」

 安倍晋三内閣の支持率が急減している。各世論調査によると軒並みでダウン。
 それも「危険水域」といわれる30パーセントを切ってしまった世論調査も。
 「支持率に一喜一憂はしない」
 菅義偉官房長官はそう言っているが、首相官邸が受けている衝撃は大きい。5月の段階までは50パーセントの支持率を誇っていたのに。
 永田町では「今度の急減は不安な面が多い」と。
 その不安の一番は安倍首相の支持率が下がっていること。
 「安倍首相が信頼できない」が多くなっている。
 12年12月26日に第2次安倍政権が発足したときの支持率は60パーセント台にあった。
 13年3月には70パーセント台まで上昇。
 これまでで最も下がったのは安全保障関連法案を成立させた15年9月。
 それでも30パーセントを割り込むことはなかった。
 過去の内閣は「危険水域」にはいってから間もなく政権は終わりに。
 安倍首相が危機を感じていることはその行動からもうかがえる。
 30パーセントを割り込んでから、会食が多くなった。
 7月18日には首相公邸で石原伸晃経済再生相、榊原定征経団連会長らと会食。19日には東京・銀座のステーキ店「銀座ひらやま」で麻生太郎副総理兼財務相、河村建夫衆院議員、萩生田光一官房副長官らと。
 20日には東京赤坂のANAインターコンチネンタルホテル東京内の日本料理店「雲海」で岸田文雄外相と、2時間にわたって食事をしながら話し込んでいる。

「むし暑い夏」

 安倍晋三首相にとって今年の夏は、かつてなく暑い、それも蒸し暑い夏になっている。
 「寝苦しい夜が続いているのではないか」
 永田町ではそんなことまで言われている。
 政権運営に余裕がある時は夏休みにそのことは表れている。
 小泉純一郎元首相の最初の夏休みだった2001年は約2週間。政権最後の06年の夏休みは6日間。
 福田康夫元首相は6日間。麻生太郎元首相は夏休みなし。8月末に参院選が控え、夏休みどころではなかった。
 民主党政権での首相の夏休みは、菅直人首相は10年が6日間、11年は支持率が20パーセントを割り込んでしまっており、休みにならない休みを数日間。
 鳩山由紀夫首相は夏前に退陣してしまっている。
 民主党政権最後の野田佳彦元首相は首相公邸で体を休めるのが精いっぱいだった。
 安倍首相だが、1年で政権の座を退いた第1次政権の夏、07年はわずか2日間だけ。
 12年12月26日に第2次政権を発足させてからは長期の夏休みを
 13年は11日間、14年は14日間、15年は10日間。
 そして昨年は7月に7日間、8月に5日間と2度の夏休みを。
 安倍首相の夏休みは山梨県鳴沢村の別荘にこもり、趣味のゴルフを満喫だった。
 まさに余裕しゃくしゃく。
 今年の夏は第1次政権のときと同じく蒸し暑い。
 あのときは支持率は落ち込み、内閣改造も支持率上昇につながらなかった。9月には体調不良に。 

「結党95周年」

 JR代々木駅から歩いて5分とかからないところに11階建てのビルがそびえている。
 日本共産党本部ビルだ。永田町にある自民党本部にひけをとらない。自民党本部のほうは9階建て。
 ビルが完成したのは2005年。
 本部内では約500人の職員が働いている。
 7月19日、不破哲三前議長が声を高くしている。
 結党95周年を記念しての講演会で。
 日本共産党が結党されたのは1922年7月。
 国政にあって、95年は最長。最も歴史が古い。
 いまの国政で共産党が一番活気に満ちている。
 自民党、民進党がともに大きく揺れているのにひきかえ、「まさに波に乗っている」(永田町筋)
 かつての日本共産党はこうではなかった。
 まるで日陰の存在だった。
 陽がさしてきだしたのはつい最近のこと。
 13年の参院選では改選前より5議席増。14年の衆院選では実に13議席も増やしている。
 このときは議員秘書が足りなくなり、機関紙「しんぶん赤旗」に秘書募集の案内を出したほど。
 それも1面に大きく出し、50人の秘書を集めている。
 今年7月2日の東京都議選では自民党、民進党が惨敗したのに対し、2議席増やして19議席を確保。
 まさに勢いに乗っている。
 だが、95年の間は苦難の月日のほうが多かった。
 志位和夫委員長体制になったのは2000年。委員長に就任してから13年まで国政選挙では負け続けだった。それがいまは勝ち組に。

「揺れる自民党本部」

 国会議事堂のすぐそば、千代田区永田町にある自民党本部。
 地上9階、地下3階。地下を含めた延べ面積は約1万5000平方メートル。
 国政の政党では最も大きな党本部だ。
 総裁室の広さは約53平方メートル。
 普段は総裁室は静まりかえっている。
 安倍晋三総裁は内閣総理大臣として、もっぱら首相官邸の総理大臣室に。
 本部ビルをしきっているのは幹事長。
 自民党本部全体が静寂に包まれたときがあった。
 旧民主党に政権を奪われ、野党に転落した2009年からの3年半余。
 党本部には霞ヶ関の役人、地方自治体の首長、財界首脳、陳情団体などが門前市を成すが、下野している間はパッタリと人波がなかった。
 12年12月に政権を奪取してからは、以前にも増して来訪者が。
 その自民党本部がいま大揺れだ。
 安倍晋三首相の「1強」、自民党の「1強」状態だったのが、崩壊の危機に立たされてしまっている。
 各世論調査で支持率は軒並みに急落。
 わずか2カ月ちょっとの間で緊急事態に。
 世論調査によっては政権維持で「危険水域」とされる30パーセントを割り込んでしまったものまで。
 歴代の政権でも明らかなように「危険水域」に入ってから持ち直すことは至難。
 党本部にやってくる議員の表情は厳しい。
 そして、厳しい顔のまま出ていっている。
 地元に帰っての支持者まわり。
 安倍首相の顔はけわしい。

「参謀」

 東京都議選で大勝した小池百合子知事。
 まさに圧勝だった。擁立した50人の候補者のうち49人が当選。
 小池知事の視線の先には国政進出が。
 「そういった状況ではありません」とかわしているが、「都民ファースト」から「国民ファースト」へのギアチェンジは「間違いない」(永田町筋)。
 動いているのは若狭勝衆院議員。
 小池知事が最も頼りにしている参謀だ。
 若狭氏は小池知事と同じ日に自民党から離党届を受理されており「国民ファースト」へ動きだしている。
 これは若狭氏自身が明らかにしている。
 国政進出には国会議員5人が必要だが「それは心配ない」と。
 昭和31年12月6日、東京生まれ。
 中央大学法学部卒業。卒業した55年に司法試験に合格。58年に検事に。東京地検では特捜部副部長などを歴任。
 平成21年に東京地検公安部長を最後に退官、弁護士に。
 弁護士のかたわらテレビのワイドショーのコメンテーターに。これで一躍人気者に。
 国会議員になったのは26年の衆院選。
 前年の25年の参院選に自民党の比例代表で出馬したが次点。
 自民党から国会議員を目指したことについて、こう語っていた。
 「国会で法律をつくろうとすれば、政権与党のほうがいい」
 座右の銘は「桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す」。
 知事として築地市場の豊洲移転、東京オリンピックと多忙な小池知事に代わって、国政進出への足場固めに。

「座禅と安倍首相」

 政権の座に復帰してから5年7カ月が過ぎた安倍晋三首相。
 第1次政権をわずか1年で退いたのは体調不調が理由。
 それだけに第2次政権を発足させてからは、健康に注意を払っている。
 体調維持のために東京・信濃町駅前の慶応大病院での定期的な人間ドックいり。 
 3カ月に1度は行っている。
 体力アップのためには東京・六本木のホテルグランドハイアット東京内の「NAGOMIスパアンドフィットネス」で汗を流している。
 海外訪問、国内視察など特別なスケジュールがないときは週末に、3時間ほど。このこともあってか、持病の「潰瘍性大腸炎」の心配はなくなっている。
 これは安倍首相が自ら言っている。
 「新薬のおかげでもあるね。劇的に効いている」
 そんな安倍首相だが、最近ぱったりとやらなくなったものがある。
 座禅だ。すっかり遠のいてしまっている。
 安倍首相が座禅をはじめてしたのは第1次政権の座から降りてから半年後。
 いま外国人観光客に人気が沸騰している東京の下町。台東区の谷中、千駄木、根津。
 安倍首相がはじめて座禅を組んだのは谷中の全生庵。
 谷中には江戸時代に多くの寺院が集められ、狭い町内には指が50本では足りない寺が。
 その中の全生庵はゆかりがある名寺。
 中曽根康弘元首相もこの全生庵で座禅を。
 一時は毎月第3木曜日に安倍首相は訪れていた。
 再び全生庵に足を向けるのはいつになるか。