中央政界特報

■平成29年7月27日(木) 第5317号

「政治特報」

 民進党内部が揺れている。一番の不安は相次ぐ離党者。蓮舫代表がどうタガを締め直すことができるか。

 東京都議会議員選挙で惨敗。各世論調査で支持率が急落。
 自民党が「危機」に直面しているが、危機的状況は民進党も。
 「危機ということでは民進党ではないか。ひとつ間違うと解党になってしまう」(永田町筋)
 都議会議員選挙後、民進党は5回にわたって総括会議を開いている。
 その会議の中で、深刻な要因にされているのが離党者。
 当初、民進党は都議会議員選挙では全選挙区への候補者擁立を進めていた。
 だが、離党者が相次ぎ、公認候補として擁立できたのはわずか23人。
 全選挙区の半分は最初から勝負できずに不戦敗。
 しかも当選できたのはたったの5人。
 野田佳彦幹事長は都議会選挙を「地方選」と国政とは切り離している。
 だが、党内には国政にも影響してくることを恐れる声が多い。
 小池百合子都知事が「都民ファースト」から「国民ファースト」へシフトアップしてくることは、すでに永田町では「常識」に。
 「いまはそういったことは考えてはおりません」 小池知事は否定しているが、自民党を離党した若狭勝衆院議員が中心になり、国政への準備は進んでいる。
 都民ファーストが国政に出ると、「自民党が影響をもろにかぶる」と言われているが、影響は民進党にも。
 総括会議でもそのことへの不安が指摘されていた。
 これは永田町でも言われている。
 「自民党からの都民ファーストへの乗り換えは考えられない。民進党からは離党者が相次ぐのでは」
 現にその予兆は表れている。
 長島昭久元防衛副大臣が離党(除名処分に)し、そのあとに藤末健三参院議員が離党。そして都議選直後の総括会合で横山博幸衆院議員が「進退をかけて」と離党届をかざしている。
 離党の連鎖反応を危惧する声は多い。
 民進党内で最大勢力のグループを率いる松野頼久氏もその一人。
 離党者が続き、党そのものが「解党」の恐れ。
 蓮舫氏が代表の座に就いたのは昨年9月。
 トレードマークは白いスーツ。それも後ろのエリを高くして。
 いまは「勝負カラー」のグリーンのジャケットの小池都知事に押されてしまっている。

「ふたば未来学園」

 自民党小泉進次郎農林部会長が歓喜の声をあげている。
 「ドラマを生んでくれました」
 2011年3月11日に東北地方を襲った東日本大震災と、原発事故。
 あれから6年4カ月。ややもすれば風化されがちになってきている。
 そんな中、福島県のふたば未来学園がやってくれた。
 文字通り、未来へつながる快挙を。
 夏の甲子園出場をかけての高校野球福島県大会で初勝利。それもエース左腕の草野陸世投手が9回を88球で抑えるノーヒットノーランで。
 ふたば未来学園は双葉郡の県立高5校を統合して15年春に開校。
 開校に小泉氏は深くかかわっている。
 このときの小泉氏の肩書は復興政務官。
 原発事故で勉学に支障をきたした双葉郡の子どもたちに「教育の復興」を掲げて開校された。開校時の新入生は152人。このうち約100人が双葉郡出身者。
 カリキュラムは独特なものが取り入れられ、ほかの学校には見られないユニークな授業が。
 「アカデミック系」「トップアスリート系」「スペシャリスト系」といった特別授業。
 教壇に立つ講師には宇宙飛行士の山崎直子さんらも。
 開校のときの小泉氏の生徒、学園に贈った言葉は印象的だった。
 「殻を破ってもらいたい。行動で見せてもらいたい」
 開校から3年。はやくも殻を破り花を咲かせてきた。
 「末永く残る伝説を作ってくれた」
 小泉氏はそう讃えている。

「五輪に向けて」

 「オリンピックは本当に大丈夫なのか?」
 東京都民の間からそんな声が聞かれる。
 東京都議選で小池百合子知事は圧勝だった。
 自らが率いる「都民ファーストの会」は50人が立候補して49人が当選。
 パーフェクトといっていい。
 自民党が60人を擁立し、23人しか当選できなかったのとは天と地の違いに。
 小池知事は大勝したその日に都民ファーストの会の代表を辞任しているが、これは「国政」進出への狙いから。
 勢いに乗っているが、都民が気にしだしたのは2020年東京オリンピック・パラリンピック。
 小池知事の築地市場移転判断が都議選直前まで延びたことから、オリンピック関連の工事に遅れがでているのは事実。
 とくに輸送の大動脈となる環状2号線の工事に懸念が。
 森喜朗組織委員会会長も危惧している。
 「粛々と整備してくれると思うが、アクセスをとくに整備してもらわねば」
 五輪への盛り上がりにも不安の声は多い。
 開会式まであと3年しかない。
 小池知事はどう盛り上げてくるか。
 打ち出しているのがラジオ体操。
 「ラジオ体操で全国から機運を高めていきたい」
 明らかにしているのは毎日午後2時55分からのラジオ体操。
 全国の自治体に参加の協力を求め、20年9月6日まで実施する方向に。
 小泉純一郎内閣の環境相のときに「クールビズ」を提唱し、普及させた自信から、盛り上げにも強気でいるが。

「ピコ太郎と国連」

 ピコ太郎が国連で「ペンパイナッポーアッポーペン」を披露した。
 7月17日にニューヨークの国連本部で開かれた日本政府主催の「SDGs」(持続可能な開発目標)のレセプションに出席。
 ピコ太郎は「ペンパイナッポー…」は世界中に流れているが、国連でも披露ということで、まさに「世界のピコ太郎」に。
 日本のお笑い芸人が国連に参上は、もちろん史上初。
 2月に話を持ってこられた時、ピコ太郎は「ドッキリカメラでは」と懐疑的だった。ピコ太郎を国連の舞台に出演させたのは岸田文雄外相。
 なんとも思い切ったオファーといえる。
 「ピコ太郎に目をつけ、引っ張り出した演出力は凄い。プロデューサーとしても一流」
 テレビ局関係者からの声だ。
 視聴率にしのぎを削っているテレビ局をうならせた岸田プロデューサー。
 国会は夏休み中だが、永田町の上空は風雲急を告げてきている。
 「鉄板」ともいわれていた安倍晋三首相の「1強」にカゲリが出てきている。
 各世論調査の結果、安倍内閣の支持率は激減。なかには政権運営で「危険水域」とされる30パーセントを割り込んでしまった世論調査結果も。
 つい1カ月ほど前までは静かだった「ポスト安倍」が、自民党内で騒がしくなっている。
 ここに岸田外相も参戦だ。
 安倍首相に対する批判の声を高くしている。
 これまでの岸田外相の政権取り戦略は「禅譲」だったが、正面勝負に転換か。岸田派の勢力は46人。

「2度の訪米」

 7月7日、共産党志位和夫委員長の姿がニューヨークの国連本部で見られた。
 この日、国連本部では核兵器禁止条約の採択を目指した会議が。
 志位委員長がニューヨークに出発したのは東京都議会選が終わって3日後。
 上機嫌だった。高揚していた。
 それもそのはず、いま共産党は勢いにのっている。
 都議会選挙では37人を候補者に擁立し、19人が当選。選挙前から2議席増やしている。
 自民党が惨敗し、民進党も大敗。
 共産党が民進党にとってかわっての「受け皿」に躍進だ。
 そのことは各世論調査にもハッキリと表われている。
 自民党が大きく支持率を落とし、民進党も伸び悩み。
 共産党だけが着実に支持率をアップさせている。
 世論調査によっては民進党と支持率で並んでしまっている。
 国連本部での会議に出席したのは、国際的な国会議員団の一員として。
 志位委員長は3月にも訪米しており、2度目。
 かつての共産党委員長では考えられなかったことだ。
 日本共産党が結党されたのは1922年。志位委員長となったのは2000年。
 委員長として17年。この間は山あり谷あり。
 14年の衆院選ではいっぺんに議員が13人も増え、「秘書が足りない」という騒ぎに。
 次期衆院選は野党の共闘となるか。そのキャスチングボードを握っているのは民進党でなく共産党。

「ドスンパンチ」

 民進党内に不満が鬱積している。
 「いつ爆発するかもしれない」(永田町筋)
 不満は都議会選惨敗の責任を明確にしない執行部に対して。
 なかでも野田佳彦幹事長に対する不満の声は強い。
 野田幹事長は早々に続投表明をしている。
 「次の選挙で結果を出す」
 野田幹事長の趣味は格闘技観戦。高校時代は自身、柔道をやっており、2段の実力。
 格闘技のなかでもプロレスが大好きで、好きなプロレスラーは故ジャンボ鶴田さん。
 いまでもプロレスのメッカ、後楽園ホールに足を運ぶことも。
 自らを「クールデブ」といい、「自分のパワーはドスンパンチ」と自賛もしている。
 だが、「ドスンパンチ」は鈍ってきたか。
 12年暮れに「解散」に踏み切り、旧民主党は大敗。野党に転落してしまった。
 このとき、落選した議員、必死の思いで再選した議員からは怒りが。
 その怒りはいまでも収まっていない。
 そして、今度の都議会選挙での惨敗。
 「ドスンパンチの冴えはどこにも見られなかった」(永田町筋)
 民進党内にあって派閥「花斉会」を率いている。その花斉会の幹部である蓮舫氏を代表に担いで、幹事長として表舞台に復活。
 「1強の自民党を追い詰めた」
 これが野田幹事長の都議選の総括。
 「ドスンパンチ」が鈍ったままでいると、それこそ民進党は内部崩壊の危機に追い込まれてしまう。

「プロレスラー、馳」

 馳浩前文部科学大臣がプロレスにカムバック。
 肉体と肉体が激突する四角いジャングルに復帰。
 7月26日、格闘技のメッカ、東京・後楽園ホールでの「プロレスリング・マスターズ」に出場だ。
 長州力、藤波辰爾とタッグを組み、グレート・ムタ、ザ・グレート・カブキ、TNTと激突を。
 馳氏の得意技は「裏投げ」「北斗原爆固め」で、現役時代、満員のファンを魅了。
 観客席からの「馳!」の声援に、それこそ至福の顔を。
 プロレスのマットに戻ってくる。これは06年の現役引退のときにファンに約束していた。
 「大臣になって戻ってくる」
 15年10月の安倍第3次改造内閣で文部科学大臣に就任。
 入閣が決まったときの首相官邸入りはハデハデだった。
 大型高級車の「ハマー」で。「ハマー」で首相官邸に乗りつけたのは馳氏が
はじめてのこと。
 これには官邸を警備する警官も、思わず身構えたほど。
 大臣の椅子は昨年9月の改造で降りているが、「大臣になって戻ってくる」の約束を。
 1961年5月5日、富山県生まれ。星稜高校3年のときレスリングで国体優勝。専大4年で全日本学生優勝。84年に全日本選手権優勝。ロサンゼルス五輪にグレコローマン90キロ級で出場。
 プロレスラーになったのは85年。IWGPタッグ王座に3度輝いている。
 馳氏は56歳。長州が65歳、藤波が63歳で頑張っていることから、これからもマットに上がってくるかもしれない。