中央政界特報

■平成29年6月8日(木) 第5310号

「政治特報」

 イタリア南部シチリア島タオルミナで開かれたG7(主要先先進7カ国首脳会議)。6回目のサミットとなった安倍晋三首相は「世界のトップリーダー」としての自信を。だが、真価が問われるのはこれからだ。

 わずか1年で世界は大きく変わった。
 G7に出席した顔ぶれにそのことがハッキリとあらわれていた。
 昨年、日本が議長国として行った三重県での伊勢志摩サミット。
 このとき、顔を揃えたのは米国オバマ大統領、イギリス・キャメロン首相、フランス・オランド大統領、ドイツ・メルケル首相、カナダ・トルドー首相、イタリア・レンツィ首相、そして安倍首相。
 今年のサミットの出席者は米国・トランプ大統領、イギリス・メイ首相、フランス・マクロン大統領、ドイツ・メルケル首相、カナダ・トルドー首相、イタリア・ジェンティローニ首相。
 米国、イギリス、フランス、イタリアの4カ国の首脳が代わっている。
 最も参加回数が多いのはメルケル首相の12回。安倍首相は6回。
 発言力は参加回数が大きくものをいう。このことからもメルケル首相と安倍首相が「引っ張る」サミットに。
 6回目という参加が安倍首相の言動にそのままあらわれていた。
 「私がトランプ大統領との橋渡しをする」
 サミット開会前からそう言っていた通り、積極的に会議をリード。
 トランプ大統領からも頼りにされていた。
 G7によるサミットが発足したのは1975年。フランスの提唱によるもので第1回目はフランスのランブイエで開催。
 このときの参加国は日本、米国、イギリス、フランス、イタリアの6カ国。
 その後、76年からカナダ、97年にロシアが加わりG8となったがウクライナ問題で2014年からロシアが外され、元のG7に。
 当初のG7の世界への影響力は絶大だった。
 GDP(国内総生産)で7カ国だけで世界の約80パーセントを。
 だが、いまや50パーセント前後に過ぎず、世界のパワーバランスに大きな変化が。
 いま、G7にも増して力を持っているのが1999年に始まったG20。
 参加国はG7のほかにアルゼンチン、メキシコ、オーストラリア、インドネシア、ロシア、サウジアラビア、トルコ、中国、インド、ブラジル、南アフリカ、韓国、欧州連合の20カ国・地域。
 いまこのG20が存在感を増しており、G7は押され気味。
 今年のサミットは、昨年までに比べ、なんとも寂しいもので終わっている。
 「パリ協定」は骨なし、経済問題も主要7カ国の首脳が集まったにしてはインパクトが弱かった。
 「橋渡し」を宣言していた安倍首相だが、記念撮影でもその表情はいまひとつ元気が感じられなかった。
 今後の大きな課題を安倍首相も含め、7カ国首脳はかかえたままに。

「注目度は」

 イタリア南部シチリア島で行われたG7(主要先進国首脳会議)は「反保護主義」を首脳宣言に盛り込んで終わった。
 参加者の顔ぶれが今回はガラッと変わった。
 ユニークな顔ぶれが揃ったサミットになった。
 まずアメリカのトランプ大統領。
 就任いらい世界を緊張状態にさせており、その言動はサミットでも。
 集合写真の撮影では、他の首脳をかきわけて中央に。
 歓迎式典には遅れ、ブーイングを浴びても涼しい顔。
 首脳会議でも、「保護主義」を前面に押し出して、かきまわしている。やはり「主役」だった。
 安倍晋三首相だが、ドイツのメルケル首相の12回につぐ、6回目の参加。
 サミットの「古参」としての余裕を終始みせていた。その注目度はどうだったか。
 これまで日本の首相で話題になったのはカナダのカナナスキスでの第28回サミットのときの小泉純一郎首相。地元メディアで「首脳の中で一番おしゃれ」と激賞されている。
 ライオンヘアーの頭髪からネクタイ、スーツ、そしてクツと満点をもらっていた。
 安倍首相は「地球儀俯瞰的外交」で飛びまわっており、いまや「世界のアベ」に。
 安倍首相は身長が177センチあり、歴代の首相の中では長身。
 サミットには昭恵夫人をともない、政府専用機で颯爽とシチリア島入りしていた。
 安倍首相の勝負ネクタイは「黄色」だが、サミットでは紺と白のストライプのもので、はじめから終わりまで通していた。

「もう見られない名勝負」

 与謝野馨氏が亡くなった。
 歌人与謝野鉄幹、晶子夫妻の孫で、東京大学卒業。自民党にあって通産相、官房長官、財務相などを数々の要職を歴任。
 自民党を飛び出し、旧民主党が政権を奪ったとき、菅直人内閣の経済財政相といった離れ業もしている。
 政策通として知られ、与野党から悲しむ声が多くあがっている。
 その中の一人、自由党の小沢一郎代表。
 「本当に無念でなりません」
 小沢代表と与謝野氏。2人は「仇同士」だった。
 「絶対に負けるわけにはいかない」と火花を散らしていた。
 自民党時代、与謝野氏は中曽根派、小沢氏は田中派に属し、丁々発止。
 政策での論戦も激しかったが、趣味ではより激しかった。
 小沢代表も与謝野氏も囲碁を趣味としている。
 趣味の域を出て、両人とも国会議員で1、2を争う実力者。
 火花を散らす対局の中でも語り草になっているのが平成19年10月28日の一戦。
 序盤は劣勢だった小沢氏が中盤から戦術を変え、盤面を広く使って攻勢に転じ2時間半の戦いを逆転。結局、小沢氏が与謝野氏に15目半の大差をつけての圧勝だった。
 与謝野氏は小沢氏の囲碁の師匠だ。
 与謝野氏は病気、それもガンとの壮絶な戦いをしてきた戦士。
 最初にガンに見舞われたのは国会議員に当選してすぐのこと。悪性リンパ腫に。そのあと直腸、前立腺も。4度目の下咽頭ガンの手術は東京・築地のがんセンターで行われ、13時間にもおよぶ大手術だった。

「行動力発揮か」

 自民党平沢勝栄氏が派閥を移った。
 平沢氏は2月に石原派を退会し、どこの派にも属していなかった。
 「無派閥」でいたが、5月25日に二階俊博幹事長が領袖の「二階派」(師志会)に身を投じている。
 平沢氏の加入によって二階派は勢力を43人にふくらませている。
 平沢氏は東大を卒業し警察庁に。
 国会議員になったのは1996年。すでに7回の当選を重ねている。
 衆院当選7回といえば、党内では長老の立場。
 大臣になる当選回数の資格は十分すぎるほど。自民党内で言われている「閣僚になる資格」は衆院当選5回、参院当選3回以上。
 平沢氏はとうにその資格を満たしているのに、これまで一度も大臣の椅子がまわってきていない。
 党内に50人ほどいる「大臣待望」組の一人だ。
 平沢氏は安倍晋三首相の家庭教師をつとめていた。
 安倍首相がまだ小学生のとき、東大の学生だった平沢氏が家庭教師。
 このことからも、安倍内閣での「入閣は間違いない」と見られているのに、内閣が改造されても「入閣」の声がかからないまま。
 石原派から二階派への移籍。
 「キャリアからいって、もっと表の舞台で暴れてもいいところ」(永田町筋)
 自民党にあって石原派の現状は寂しい。
 現内閣でも入閣しているのは会長の石原伸晃氏ひとりだけ。
 二階派は、二階幹事長の「腕力」でさらにパワーアップ。
 平沢氏は1945年9月4日生まれ。いまの肩書は党広報部長。

「座禅」

 外国人観光客に人気の東京の下町。
 その下町でもとびきり人気なのが台東区の谷中、根津、千駄木の「谷根千」。
 その中でも谷中は外国人観光客があふれている。
 谷中は「寺の町」で狭い町内に50本の指では足りないほどの寺がひしめいている。
 その中のひとつ、三崎坂の中央あたりにある全生庵。
 山岡鉄舟ゆかりの禅寺として有名だ。
 かつて、この全生庵に安倍晋三首相の姿がよく見られた。
 かつてというのは第1次政権の座から1年で降りたすぐ後。
 毎月、第3木曜日に全生庵を訪れ、背広を作務衣に着替えて座禅を。
 第2次政権の座に就いたのは12年12月26日。
 「アベノミクス」を高々と掲げ、今日まで4年半。
 第2次政権になってから、安倍首相で変わったことが一つある。
 それはかつては定期的にまで通っていた全生庵での座禅から遠のいてしまっていること。
 いま、すっかり有名になってしまっているのはゴルフ。
 自由な時間がとれると、すぐにゴルフ。
 今年春からスタートした「プレミアムフライデー」でも、山梨県鳴沢村の別荘に出向いてゴルフをしているほど。
 もうひとつ欠かさずにしているのがフィットネス。
 東京・六本木のホテルグランドハイアット東京内の「NAGOMIフィットネスクラブ」で汗を流している。
 ゴルフとフィットネスが激務を乗り切る健康法だ。
 ひきかえ、座禅のほうはご無沙汰気味に。

「一等地の空き家」

 築12年、延べ床面積は約7000平方メートル、鉄筋作りで地上4階。
 冷暖房完備、日当たり良好。
 住所は東京のど真ん中、千代田区永田町。
 最寄り駅は地下鉄半蔵門線、有楽町線、南北線の永田町駅。
 日本一の「豪邸」といっていい。その豪邸がもう4年半も宴会、会合、食事会などに使われるほか、ほぼ空き家状態になっている。
 都心でこれ以上はない豪邸が空き家になっているのは、住人が引っ越してこないことにある。
 そう、この豪邸は首相公邸だ。そして、引っ越してこないのは安倍晋三首相。
 現在の新公邸が改築されたのは05年3月。
 最初の住人となった小泉純一郎元首相は完成を待ちわびていたようにすぐに引っ越してきている。
 「いいね。首相官邸には徒歩でいける。茶室と掘りごたつの和室は最高だ」と大喜び。
 休日は一人、好きなCDを最大のボリュームにして楽しんでいた。
 安倍首相はこの5月27日に在職日数が小泉元首相を抜いて1981日になった。
 安倍首相が政権の座に復活したのは12年12月26日。
 ということは、それ以来、首相公邸は事実上の空き家に。
 就任当初は「すぐにでも引っ越します」と言っていたのだが。
 公邸に引っ越してこないことは国会でも問題になっている。
 自身も公邸住まいを経験した民進党野田佳彦幹事長は「危機管理の面からも問題だ。公邸に住むのは鉄則」と批判しているが。

「会食」

 5月のプレミアムフライデーだった26日。
 安倍晋三首相はG7(主要先進国首脳会議)に出席のためイタリアへ向け羽田を飛び立っていた。
 4月のプレミアムフライデーは英国に出かけており、ロンドン郊外のメイ首相の別荘で首脳会談を。
 プレミアムフライデーが初めて施行された3月31日は午後3時に官邸を出て山梨県鳴沢村の別荘に。
 その夜は吉田市内の「炭火串焼き」で食事。翌日は八王子カントリークラブでゴルフ。
 平日の安倍首相は来日している外国首脳との会談、会食。それに財界人との会食が。
 そんな中、5月21日の会食相手は、外国首脳でもなければ、財界人でもなかった。
 俳優の津川雅彦氏と食事をともにしている。
 その前後を見てみると19日はアルゼンチンのマクリ大統領を首相公邸に迎えての安倍首相夫妻主催の夕食会。
 23日は東京・銀座のステーキ店「銀座ひらやま」で自民党高村正彦副総裁、二階俊博幹事長らと。
 24日には東京・赤坂の日本料理店「古母里」で財界人と。
 そんな中に津川氏と会食。
 安倍首相は芸能界では俳優中井貴一氏、奥田瑛二氏、片岡鶴太郎氏らと会食しているが、最も多いのが津川氏。
 15年、16年と正月に2年連続して食事をしている。
 今年の正月の会食はなかったが、それが5月に。
 時間にして約2時間。
 津川氏は安倍首相がゆったりできる会食相手ということに。