【寄稿】滋賀県議会議員 今江 政彦

■平成30年4月3日(火) 第18079号

=県政NOW 「森友学園問題から見える政治倫理について」=

    今江氏

 滋賀県議会議員の政治倫理に関する条例に「議員は、特定の利益を擁護することにより公共の福祉を損なう等県民の信託に反する行為は厳として慎み、かつ、県民から批判を受けることのないように努めなければならない」と規定され、一方滋賀県職員は採用時に「一部の奉仕者ではなく全体の奉仕者として誠実かつ公正に職務を執行する」と宣誓しています。これは要するに議員や職員の権限は主権者である県民の皆さんに由来するということの表れであり、国もすべての地方自治体でも同じことです。
 しかし、今国会で大きな問題となり、国民の皆さんも大きな関心をもってその行方を見守っている森友学園問題により公務全体に対する信頼が揺らいでいます。今後、国会の国政調査権や検察の捜査により事実が明らかになってくると思いますが、森友学園に対する国有地の売却が極めて異例な方法で行われ、また、この国有地の売却に関する公文書が改ざんされたことはまさに犯罪といえるのではないでしょうか。こうした一連の行為が財務省だけの判断でされたとはとても思えず、政治家の関与があったのではないかと多くの国民の皆さんが疑念を持っておられます。総理をはじめ政府はこのことに対してしっかり国民に説明する義務があり、またその責任についても明確にしなければなりません。もし総理がこうした違法行為について知らなかったというのであれば、それだけでもトップとしての責任は問われるでしょうし、部下の不正行為は当然のことながらトップの責任です。
 今、安倍一強の時代といわれていますが、その中で森友学園問題や加計学園問題など長期にわたって大きな権限を持つことによる様々な弊害が噴出していると思います。これは国だけでなく都道府県をはじめとする地方自治体でも同様のことが懸念されます。
 私が市職員時代に秘書広報課長として一緒に仕事をさせていただいた川端五兵衞元近江八幡市長が多くの市民の三選への期待の中で「権腐10年」という言葉を用いていさぎよく2期8年で市長を退任されたときのことが昨日のことのように思い出されます。「権腐10年」というのは誰であっても権力の座に10年も居ると必ず腐敗するという意味です。
 このことがすべてにあてはまるということではありませんが、今回の森友学園問題から感じることは権力の行使をするものは常に謙虚な姿勢で多くの人々の声に耳を傾けると同時に、与えられた権力は主権者である国民に由来するということを肝に銘じなければならないということです。今回の事件を契機にあらためて県政においても知事はじめ行政と県議会が二元代表制をしっかり確立し、それぞれの権限が主権者である県民の皆さんから委ねられたものであることを自覚して行動しなければならないと強く感じています。




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