自民全勝で次期知事選は踏み絵も

■平成29年10月26日(木) 第17946号

=記者座談会で衆院選振り返る=

支持者にお礼を述べてくやし涙を浮かべる嘉田由紀子氏(22日、大津市の選挙事務所)

 【全県】 衆院選は22日に投開票され、1区は川端達夫前衆院副議長の後継である無所属の嘉田由紀子氏を破った自民の大岡敏孝氏、2区は自民の上野賢一郎氏、3区は自民の武村展英氏、4区は自民の小寺裕雄氏が当選し、希望や野党統一候補は安倍批判票が分散して全敗した。衆院選を記者座談会で振り返ってみた。  (石川政実、高山周治、古澤和也)

嘉田氏を失ったリベラル勢力
次は憲法改正の国民投票対策へ


 ―嘉田氏は知事を辞めて3年だが人気は衰えたのだろうか。
 A
 いや健在だった。JRの石山駅や大津駅の駅立ちでも、嘉田氏が女性に近づくと約7割近くの人がパンフレットを受け取っていた。
 しかし無所属だけにポスターが貼れないなど制約があり、実力が発揮できなかった。
  当初は希望の公認をもらうつもりだったのが、無所属で出てほしいと民進の前原誠司代表から言われ、2日の会見では比例は希望を推薦すると発言していたが、約1週間後には、希望の推薦はしないと一変するなど、有権者にはわかりにくかった。
 ―でも共産票はかなり嘉田氏に流れたね。
  川端氏は18日、京都1区の共産の穀田恵二氏事務所を激励に訪れたのがネットなどで報じられ、「嘉田氏の支援を頼みに行った」との憶測も流れたが、川端氏は本紙取材に否定している。
 ―大岡氏の勝因は。
  後援会をつくらず、選挙期間中も大岡氏は選挙カーにほとんど乗らない、個人演説会もほとんどしない、その代わり自分で企業・団体回る“大岡流”戦法は、イメージ選挙の嘉田氏に通用するか陣営に不安があった。
 選対本部長の佐野高典県議は「個人演説会を増やして票固めをするべきだ」と戦略の見直しを迫った。このため15日以降に個人演説会が急きょ組み込まれた。
 県議や大津市議に火が付いたのは19日の安倍晋三首相の応援演説からだった。その後の三日間は電話作戦などフル稼働だった。
 また同日に大岡氏を支援している自動車メーカーのスズキ代表取締役会長の鈴木修氏が大津市へ応援に駆けつけたことだ。鈴木氏は平和堂など有力企業を精力的に回り、票を取り込んでいった。

 ―憲法9条を守ろうと訴え続けた社民の小坂淑子氏は、支持が広がらなかったね。
 A
 大岡氏と嘉田氏の接戦が報じられ、安倍批判票が嘉田氏に回ったのは小坂氏には誤算だった。
 ―2区は自民の上野氏が希望の田島一成氏にとどめを刺したね。
  上野氏は大岡氏と違って3年前から後援会の拡充に取り組み、田島氏に隙を見せなかったのが勝因の一つだね。
 逆に田島氏は希望に合流したことで反発する支持者への説明に追われる日々が続いた。誤算は希望の失速と嘉田氏の希望への決別宣言だった。市民団体と野党3党の統一候補の対月慈照氏は、社民や共産票を固めたものの、知名度不足で無党派層への浸透が図れなかった。幸福実現の荒川雅司氏も幸福の科学の信者以外への支持が広がらなかった。

 ―3区は武村氏が余裕だったね。
 C
 自民の武村氏は、国道8号バイパス整備など着実に実績を挙げている点が評価され、自民・公明支持層を固め、無党派層にも食い込んだ。希望の小川泰江氏もJR各駅で駅立ちを続けてきたが、希望の失速や連合滋賀の足並みの乱れの影響を受け、無党派層への浸透がいま一歩だった。共産の石堂淳士氏は無党派層が武村氏や小川氏に流れ、安倍批判票をまとめきれなかった。

 ―4区は市議選が影響したね。
 A
 自民の小寺氏は、地元東近江市で市議選があったため、近江八幡市に選対を置いたことで、主戦場の近江八幡市で火がつき、中盤には東近江市を含む3市議選と連動して自民支持層に浸透した。
 希望の徳永久志氏は、民進からのくら替えに支持が得られず、東近江市議選では民進推薦候補3人のうち2人が「支援者に理解が得られない」と辞退したのが象徴的だったね。共産の西沢耕一氏は、小寺氏と徳永氏の競り合いの中でよく善戦したよ。
 
―知事選への影響は。
 B
 自民は天敵の嘉田氏が落選したことで、来年7月の知事選へ三日月大造知事が再選出馬の意向を見せれば、大戸川ダムなどで嘉田氏と縁を切れと踏み絵を迫るだろう。

 ―自公で3分の2を確保し、安倍首相は憲法改正に動くね。
 C
 13日に小坂氏の応援演説に来た福島瑞穂・社民副党首は記者のぶら下がりで「安倍首相は自公で3分の2を取ったなら、憲法改正の発議を来年6月ごろにして、数か月後に国民投票にもっていく公算が高い」と国民投票への対策の必要性を語っていた。


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