「神社に祀られた県令―籠手田安定の治水事業―」

■平成29年2月6日(月) 

=県政史料室で展示=

水引神社

◇県
 長浜市唐国町の水引神社には、第二代滋賀県令(明治八年〜同十七年)を務めた籠手田安定(こてだやすさだ)の肖像が安置されている。これは、籠手田県令が、近隣を流れる田川の水害から月ヶ瀬・田・酢・唐国の旧村を救った功績を称えたものだ。
 県政史料室(県庁新館三階)で開催中の企画展示「神社に祀(まつ)られた県令」(三月二十三日まで)は、県議会の激しい議論の末にようやく起工に至った湖北の治水工事の歴史を、歴史的公文書など三十二点を通じて紹介するもの。
 同地は、田川・高時川・姉川の三川合流地点で、大雨のたびに洪水の被害にあってきた。幕末には田川を分水し、高時川の下をくぐるトンネルを掘って木製のパイプで流水させる伏越桶(ふせこしひ)の工事が行われた。しかし、木製の樋の傷みは激しく、水害はその後も起こり続けた。


籠手田安定

 籠手田県令は、度重なる四か村の対策実施の嘆願を受けて、木製の伏越樋の代わりに、れんが製カルバート(暗きょ)の建設を決意し、明治十五年度の予算案に工費を計上した。
 しかし、県会では、一部の地域に多額の工費を投入することに、税支出の公平性の観点から事実上五回否決された。このため、同十六年五月、内務省に対して、県会の議決を経ず地方税を支出できる許可を交渉した結果、これが認められ、同年十一月に田川カルバートに着工し、翌十七年六月に竣工した。
 県政史料室は「この事業の是非をめぐっては、『公共ノ利益』とは何かが繰り返し問われた。この『公共事業は誰のためのものなのか』という古くて新しい課題を考えるきっかけになれば」としている。
 無料。開室日時は平日午前九時〜午後五時。問い合わせは同室(TEL077―528―3126)へ。


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